中瀬 靖幸/なかせ農園
熊本地震を乗り越えて、経営者に成長した元出版社営業マン
■プロフィール
父・清則さんが30年前に阿蘇山の火山灰土壌で始めたさつまいも農園の2代目だが、大学卒業後は東京の出版社に入社して、書店営業を担当。2012年脱サラして、父親の下で就農。
2014年に農産物の生産販売だけでなく加工も行う農家をサポートする「六次産業推進事業計画」に認定。
2016年4月に発生した熊本地震で、さつまいも貯蔵に使っていた築150年の土蔵が半壊。同年7月に法人化して大型貯蔵施設建設のために融資を受ける。
2020年1月「GLOBAL G.A.P個別認証」登録。2021年に代表権を父から引き継ぐ。同年12月「熊本県農業コンクール大会 新人王部門優良賞」を受賞。
■農業を職業にした理由
東京の出版社で書店営業を担当していた3年間、もっと向いている仕事があるのでないかと悩んでいた時に東日本大震災を経験した。
子供に安心・安全な食べものを食べさせたい親たちの姿を見るうちに、熊本の父親が作ったさつまいもならば、営業スキルも活かせるうえ、非常食になる可能性もあるとして、Uターン就農を決意する。
上京した両親は「農業は儲からないからやめろ」と、年間所得60万円の決算書を見せて反対したが、むしろ「乏しい収益で、よくぞ自分たち兄弟を大学に行かせてくれた」と感謝の思いが深まったという。
現在は、大学で農業について学んだ弟と2人で経営している。
■農業の魅力とは
地元では長い間、「高系14号」が主要品種だったため、父が10年前に始めた「べにはるか」は、十分に熟成できないまま出荷するしかありませんでした。
お客さまに本当の美味しさを伝えたいと、営業経験を活かして、土蔵で貯蔵して糖度を高めた「蔵出しベニーモ」としてブランディングしたところ、大手スーパーとの取引が飛躍的に増えました。
熊本地震があった2016年は、土蔵を建て替えるために多額の融資を受けるなど創業以来の危機に直面しましたが、退路を絶ったことで経営を見直すきっかけにもなりました。
それまでは、BtoC向けの方が儲かると思っていて、ECサイトや加工品の開発を始めたり、台湾進出を試みるなど、がむしゃらに挑戦してきましたが、現在はスーパー向けや中食向けの小売店などといったBtoB向けの販売が伸びています。
僕は書店営業としては十分な力を発揮できませんでしたが、就農以来、経営や財務の勉強をし直したことで、輝ける場所を見つけました。
とはいえ、経営は「選択と集中」ですから、売上規模や収益がもう少し安定して余裕が生まれたら、直販事業にも再度挑戦したいと思っています。
■今後の展望
現在、さつまいもの選別といった単純作業を、知的障がい者の方に外部委託でお願いしていますが、機械選別機を導入するなど環境が整えば、農福連携の分野でももっと貢献できると思っています。
また「暗黙知」と言われる長年の経験や勘に頼ってきたノウハウを、どんな人でも働けるよう、マニュアル化(見える化)することで、障がい者だけでなく、アルバイト人材を確保することもできるようになります。
2021年に経営権を継承してから、僕は経営に専念し、弟の健二は常務取締役として農場の監督やスタッフへの指導など、お互いの得意分野を活かして業務を振り分けています。
現在は生産量の95%を「べにはるか」が占めていますが、最近では中身が紫色の「ふくむらさき」にも挑戦しています。
「高系14号」が全盛だった10年前に、父が始めた「べにはるか」のように、新しい品種があれば試していきたいと思っています。
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