三ツ間 卓也/三ツ間農園
中日ドラゴンズ投手からイチゴ農家に華麗な転身!
■プロフィール
群馬県高崎市出身。小学校から野球を始め、高崎健康福祉大学高崎高等学校に入学して甲子園出場を目指すが、夢は叶わず。高千穂大学進学後は、東京新大学野球の2部リーグに出場。卒業後は不動産会社へ入社が決まっていたが、プロ入りを視野に、2014年秋、独立リーグ「埼玉武蔵ヒートベアーズ」に入団。
2015年には抑えの投手として、リーグ歴代新記録の20セーブを記録。同年、プロ野球育成ドラフト会議で中日ドラゴンズから指名を受けて入団後、2016年はウエスタン・リーグでの活躍が認められて、一軍出場の権利が得られる支配下選手登録枠の契約を勝ち取る。
2017年は、オープン戦以来、14登板試合で連続無失点を記録するなどの活躍を続けるが、2020年には春季キャンプ中の疲労骨折が原因で戦線離脱。2021年は不安定な投球が影響して戦力外通告を受ける。
独立リーグからオファーを受けるも、「プロ以外考えられない」として、2022年1月現役を引退。2020年以降、ステイホーム期間中にベランダで始めた家庭菜園をきっかけに、セカンドキャリアとして就農を決意。
2022年には神奈川県に移住し、かながわ農業アカデミーで生産技術や経営ノウハウを勉強しながら農地を探し続ける日々を過ごし、同年12月28日にようやく契約にこぎつける。2023年は新規認定就農者資格を取得して、苗の植え付けを進め、2024年1月27日に農園オープン!
■農業を職業にした理由
〜6年間活躍したプロ野球選手がセカンドキャリアを探す〜
中日ドラゴンズ入団後の2017年には、最速152キロの直球と変化球を武器に、オープン戦以来、14試合で連続無失点、リーグ最多の月間26奪三振を記録するなどの活躍を続けたが、故障が原因で2020年に戦線離脱。
コロナ禍のステイホーム期間ということもあって、自宅ベランダのプランターで作ったイチゴを息子が喜んで食べたことがきっかけとなって、以来、動画サイトで栽培技術を学びながら、練習や試合後もナスやトマト、オクラなどの世話を夢中で続けるようになる。
2021年に戦力外通告を受けた後、セカンドキャリアを模索するなかで、妻から「好きなことを仕事にできる人はほんの一握り。プロ野球以外であなたが打ち込めるのは農業しかないのだから挑戦してみたら」と背中を押されたことにより、新規就農を決意。
〜農地が見つからない!〜
その1週間後にはかながわ農業アカデミーへの入学願書を申し込んでいたという。農業大学校卒業後は先輩農家に弟子入りするのが一般的だが、「スピード感をもってやりたい」として、野球ファンの集客を狙って、横浜スタジアム周辺で観光農園を開くための農地を探し求めた。
しかし「地元民ではない」「どうせすぐに失敗して逃げ出す」「親が農家じゃない」などの理由で貸し渋る人がほとんど。Googleマップで空いている農地を見つけては電話をかける日々を過ごした結果、2022年12月28日にようやく農地を提供してくれる人が現れた。
資金繰りにも苦労した。プロの世界で活躍した華やかなイメージがあるが、戦力外通告を受けると収入がゼロになる可能性があるため、どこの金融機関にも融資を断られるなかで、行政の農業融資や自己資金を使って、当初の1/2の規模で開園準備を展開。
プロ選手がセカンドキャリアを築くのがいかに苦労の連続か、その間を支えてくれた妻には感謝してもし足りないという。
■農業の魅力とは
戦力外通告を受けたプロ野球選手は気持ちが折れてしまって、セカンドキャリアへうまく移行できない人も少なくありません。
僕も収入が安定した不動産業界への転職を考えていましたが、6歳年上の妻に相談したところ「野球以外でこんなに生き生きしているのを見たことがない。まだ若いんだし、これからも自分が打ち込める仕事をしてほしい」と応援されたことが励みとなり、就農を決意しました。
家庭菜園は、コロナ禍のステイホームで開幕が遅れた2020年、1歳になったばかりの息子はマスクもつけられないし、外出もままならないので、少しでも外の雰囲気を感じてほしいと、マンションのベランダで始めたのがきっかけです。
当初はあくまでも趣味の領域にとどめるつもりでしたが、ナイトゲームが終わった後に夜な夜な葉かきなどをしていると、野球のことを忘れている自分に気づきました。
現役引退した野球選手が、60代前後になって農業を始める先例はありますが、20代、30代のケースは僕が初めてではないでしょうか? そういう意味でも、僕が道を切り開くことで、農業がプロ選手のセカンドキャリアの選択肢になってほしいと思いますし、ゆくゆくは同じ境遇のスポーツ選手を雇い入れる体制も整えたい。
また野球ファンにも、農業の魅力を知ってほしいと思い、首都圏にある横浜スタジアムからそう遠くない場所で農地を探しました。中華街で食事をしたり、試合観戦する間の時間を利用して観光農園に遊びにきて欲しいと考えて探し回り、2022年末にようやく、泉区で農地を貸してくれる地権者が現れました!2024年1月の農園オープンになんとか間に合います。
いずれは、横浜スタジアムや名古屋ドームで、僕が作ったイチゴを使ったかき氷やシェイクを売りたいと考えていますし、愛知県でも農園を持つ夢があります。農業によってさまざまな可能性が広がっています。
■今後の展望
2023年には、かながわ農業アカデミーを卒業し、認定新規就農者の資格を取得しました。認定新規就農者になることで、経営のためのさまざまな支援が受けられるようになります。イチゴの観光農園を始めるためには、ハウス建設や高設栽培装置、環境制御技術など初期投資として6,500万円の借入が必要なんです。同時に、食品衛生責任者の資格も取得しています。
農地の確保には本当に苦労しましたが、日頃からSNSやYouTubeを通じて、農作業や就農準備の様子を発信することで、投稿を見た人から契約の話や、農地の紹介などの情報を提供いただきました。
同時に、元プロ野球選手として、野球少年や保護者向けのオンライン個別相談会なども進めています。「野球の技術を教えてくれる人はいますが、相談に乗ってくれる元プロは少ない」ので、僕が農業と野球を両立させた第一人者になろうと思っています。
2024年1月の農園オープンを控えて、イチゴ摘みに来てくれるお客さまのトイレをどうするか?と新たな悩みの種が持ち上がりました。開園準備のお応援をしてくれる皆さんから「キレイなトイレを置いてほしい」というご意見をいただいたのです。そこでクラウドファンディングで90人から220万円という資金を集めて、開園にこぎ着けました!
2021年にプロ野球選手を引退してから、イチゴ農家になることを目指して3年間。たくさんの人の応援に支えられ、ようやく2024年1月にオープンです。
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