林 孝憲/フィールドマスター合同会社
物理的にも経営的にも広がりのある持続的な農業を目指して、どんどんチャレンジしていきたい
■プロフィール
1980年、熊本県八代市のい草農家に生まれる。八代高校を卒業後、熊本大学理学部生物科学科に進学。
卒業後は大学の先輩から紹介された株式会社生科研に就職。九州地方で肥料の現地試験や土壌分析の説明、調査報告、提案、販売などを担当。
2012年、岡山に転勤し、中国地方で果樹農家の営業を担当しながら土壌医2級の資格を取得。
2016年には台湾や韓国を担当するようになるが、妻が3人目の子供を身ごもった2018年、これまで子育てにあまり参加できなかった多忙な生活からシフトしようと脱サラし、2019年、父が代表をつとめるフィールドマスター合同会社に入社。
2021年経営を継承。「未来に続く、地域の農業を支える」を企業理念とし、循環型地域農業の実現を目指す。
受賞歴
2016年 第2回全国自給飼料生産コンクール農水省生産局⾧賞。
2019年 くまもとグリーン農業宣言者。
2021年 認定農業者に認定される。
2023年1月 肥料販売業務開始届を提出。
■農業を職業にした理由
〜営業マンから農家へ〜
畳表の原料となるい草農家に生まれ、高校卒業後は熊本大学の理学部生物科学科に進学。卒業する頃には、ライフスタイルの西洋化に伴って、畳表・い草の需要が低下していたこともあって、家業を継ぐことはせず、土壌分析にもとづいた土づくりを専門とする肥料メーカーに就職した。
営業職を担当し、九州を中心に本州や台湾などで技術営業に回る日々を送っていたが、妻が3人目の子供を身籠ったのを機に、家を空けることが多い生活を見直して、家族との時間を大切にするためにも脱サラを決意。2019年、実家に戻って父の会社に入社。
〜事業を継承し、さらなる販路を開拓〜
熊本県八代市はかつて、い草生産の中心だったが、和室のない生活スタイルが一般化した1990年代以降に需要が激減し、父も生産断念に追い込まれる。
そうしたなか、1999年の台風によって塩害を受けた稲わらに牛の飼料としての活用法があると知ったことがきっかけで、国の補助金を得て、飼料用稲わらの事業を開始・生産規模を拡大。
2010年、フィールドマスター合同会社を再編成・設立。牛の餌専用の稲を乾燥させずに水分を含む状態で、ロール・ラッピングして乳酸発酵させたWCS(ホールクロップサイレージ)は栄養価が高く、安心安全な国産飼料として人気だが、当時は畜産農家の理解がなかなか得られなかったと言う。
営業経験がない高齢の父が畜産農家への訪問を重ねて、少しずつ販路を拡大していく姿を見ているうちに、若い従業員の生活を支えていかねばならない責任も感じるようになり、2019年に就農。
代表に就任した2021年からは、稲わらの収穫後、農閑期である冬に栽培できるブロッコリーやジャガイモの栽培を開始。年間を通じた収入源を確保できるようになり、なかでもジャガイモは大手ポテトチップスメーカーに卸すことで、売上の安定につながった。
また、稲わらについても乳牛と肉牛に必要な飼料設計の違いに着目して、稲わらの作り方・収穫時期を変えるなど、酪農家と肉牛農家の細かなニーズに応えるなど、品質の高い飼料づくりに独自の工夫を凝らして販路を増やし、今では在庫が不足するまでになった。
■農業の魅力とは
大学入学から、会社を辞めるまでの約20年間は、地元から離れていたこともあって、就農後は消防団に入ったり、熊本県の若手経営者が集まった4Hクラブに参加するなどして、地域コミュニティと積極的に交流しています。仲間との意見交換を通じて、情報収集したり、先進的な考えに触れることで、父の世代とは異なる人脈形成に努めています。
会社勤めのサラリーマンから経営者になった経験を通じて、一緒に働く若い社員たちを見ていると、彼らが将来の夢や長期的な展望を持って働けるよう、給料や就業条件をもっと良くして、ワークライフバランスを整えたいと思います。
そのため弊社は、勤務時間も8時半から17時まで、土曜は半日、日曜・祝日は完全休日としており、子育て世代にも優しい福利厚生に力を入れています。
自社での栽培面積は27haですが、市内約100軒の農家から450カ所、合計すると150ha以上の収穫を受託しているため、大型重機を多数保有しています。
農作業の楽しさを伝えるため、それらが働く様子を撮影してYouTubeやTikTokなどの動画やSNSを通じて発信しています。
農業には3Kのイメージがありますが、機械化が進んでいるので、重労働もほとんどなく、機械によっては冷房もついているので夏も快適です。ウチの母のように女性でも長く続けられるのが、私たちのような農業経営の利点だと思います。
■今後の展望
現在は自社の圃場のほか、作業受託として収穫を請け負う仕事もやっていますが、受託先からは「田植えや代掻きもやって欲しい」という要望もあるので、今後はそれにも応えていきたいと思っています。
省力化をはかるために、育苗せずに、水田に直接種をまく「乾田直播栽培」にも挑戦していきたい。それが軌道に乗れば、もっと事業規模を広げられると考えています。
作業受託している約100軒の農家の9割は跡継ぎがおらず、このまま後継者が見つからなければ、5年後、10年後は離農する可能性があります。それは八代の農業基盤の衰退につながりますから、それを食い止めるにも、我々が作業を引き受けたり、彼らの農地を借りたり、買っていくしかありません。今後は、そのための体制を整えていきます。
同時に、次世代の育成も必要です。2023年7月に入社した社員には、独立を視野に入れている人もいます。時間をかけて育て、将来的には農地を分けたり、重機を共有するなど「のれん分け」ができればと考えています。「未来に続く、地域の農業を支える」をモットーに、地域農業と若い世代の育成にも力を入れていきたい。
また最近では、熊本県北部の畜産農家ともつながりを深めていて、自社の飼料を納品して空になった帰りのトラック便を活用して牛糞堆肥を持ち帰り、田畑に施用することで、WCSの生産で痩せた土壌に栄養分を還すようにしています。
この取り組みを続けることによって、持続可能な資源循環型農業の実現を目指しています。畜産農家と提携することで、相互にメリットがあれば、地域の活性化にもつながるでしょう。
物理的にも経営的にも広がりのある持続的な農業を目指して、これからも新しい取り組みにどんどんチャレンジしていきたい。時間もお金もある程度安定していますし、広々とした土地で大きい機械に乗ってダイナミックに仕事ができる。農業って、実はかっこいい仕事なんですよ!(記:沼田実季)
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