貯金箱を金継ぎした話
壊れたものを壊れたままにしておくのもいいけどね。
私の愛しきピギーバンク
出会い
春、ふらりと立ち寄ったガラクタ市に彼女はいた。
神社の境内で思い思いに持ち寄られた品が売られていた。多分珍しいものからそうでもないものまであったと思うけど、目利きはできないのでわからない。古い工具とか日本刀の鍔とか振り子時計とか、見てるだけでも楽しかった。
そろそろ帰ろうかと思ったとき、私の視界の端に鮮やかな豚の貯金箱が映った。よく見るやつだ。よく見るやつ過ぎてめちゃめちゃ欲しくなった。ちょうど出店者も店仕舞いらしく片付け始めていた。
「これいくらですか」
私が尋ねると出店者のオバサンは面食らった表情をしていた。いやそういうイベントじゃないんか。
「うーん、ほんなら500円でいいですよ」
でいいですよって。手に取ってみると釉薬の奥に細かなヒビがうっすら走っている。後で調べたら貫入というらしい。西洋陶器の人形みたいで魅惑的な表情だ。Amazonで同じ商品を調べたら2000円くらいだった。大した目利きである。
かくして私は500円と引き換えにツヤツヤ光る子豚ちゃんを手に入れた。
キャッシュレスを支える番人
現金は滅んだ。あるいは滅ぶべきだ。
重い、場所を取る、決済が遅い。支払いにポイントがつかないどころか預金するにも手数料を取られる時代である。緻密で変態的な製造技術には舌を巻くが、芸術として額に入れて飾るには紙幣は数が出回りすぎているし見慣れてしまった。災害でインフラが崩壊している間だけ復権することにしたらいい。
そういうわけで少なくとも私の財布に現金の居場所はなくなるはずだった。ところが、生活とは単純ではない。友人との割り勘、公共料金の払込票、食券機がいつまでも古い近所のラーメン屋……。仕方なくお札くらいは持ち歩く羽目になる。
私は小銭を道端に投げ捨てられるほど裕福ではないし非常識でもなかった。小銭がいつも邪魔をする。だから前々から素敵な貯金箱は欲しかったのである。ピギーバンクは合理的な選択だった。彼女は小銭を貯められるだけでなく可愛らしい。簡素な部屋に一輪の花が咲いたようだ。現金を守る健気な番人。核戦争後は彼女を抱えてwifiの機能していないコンビニに行き、笑顔で買い物をしようと思う。
そして割れた
わざとじゃない。悲しい事故だった。
彼女はよく肥えた。特に飲み会の増える年末は殊更だった。割り勘のたびに私は参加者から現金を徴収したからだ。重みが増すほどグラマラスな美女になっていくみたいだ。小銭に何かしらの使い道はないだろうか。
そうだ、お年玉を渡しに帰省しよう。小銭掴み取り大会を開催するのだ。意気揚々と家族親戚の前でカバンを開けたとき、砕けた破片と散らばった小銭の擦れる音がした。
満員電車ですし詰めになったとき? それとも衣類を詰め込んだとき?
ともかく彼女はその機能と、そして可憐な美貌の全てを喪失した。私は深い悲しみに暮れた。その年の三ヶ日は例年以上に寒さが身に染みた。
金継ぎで直すことにした
金継ぎキットを買う
割れたままにしておくのは忍びなかったので、KIJIMATSUというブランドの金継ぎセットを買ってみた。興味はあったし簡単にできるとのこと。
5000円した。500円の貯金箱を直すために5000円?! 渾身の目利きも帳消しである。
ざっと説明書を読むと、確かに難しくはなさそうだけど手間がかかる雰囲気。簡易的な金継ぎキットなので本格的なやつはもっと大変なんだろう。買ってしまったのでもう引き返せない。
やすって接着する
割れ目の角を落とすようにやすりをかける。割れた断面は接着時にぴったりくっつけるため削らないようにする。
欠けらを合わせて練った接着剤で貼り合わせる。固まるのを待つために一日置く。
本格的な金継ぎだと接着を麦漆で行い、漆風呂という温度や湿度を一定に保った部屋に置くらしい。
溝を埋める
塗る漆がはみ出しすぎないようにマスキングする。地味にこの作業が一番手間だったかもしれない。
漆をこねて溝を埋めていく。すぐに乾いて固まるのでパレットの漆は都度テレピン油で柔らかく伸ばして調整する。テレピン油の匂いが完全に美術部室の匂いだった。それから漆が固まるのを待つ。
はみ出した漆を削る
翌日。マスキングを剥がすのが気持ちいい。溝がしっかり埋まるよう厚めに盛ったので割れ目付近が膨らんでいる。
やすりで水研ぎしながらはみ出した漆を落としていく。塊になっているところなどはデザインナイフでこそぐ。できるだけ平滑に仕上げたいけど、やすり過ぎると釉薬に細かな擦り傷が入ってしまった。
仕上げ
真鍮粉を漆に混ぜて割れ目に塗る。薄く均一に塗ろうと思っても、粘度がどんどん変わってしまってなかなか上手くかない。乾くまで一日待つ。
本格的な金継ぎの場合は接着剤を塗ったあと、金粉を振りかけて仕上げるらしい。
完成!
割って楽しもう貯金箱
貯金箱はここぞというときに割って使う。普段は割るのがもったいなくてお金が貯まるという仕組み。貯金の意思力を彼女たちの美貌に担保させた先人の智慧。
本来は割って使われるべきものがわざわざ直されているところに奇妙さがあるかもしれない。でも最近の貯金箱は割らなくても取り出せることがほとんどだから、これはもはやお約束の表現でしかないか。
おそらく最初から割れていたら、最初から金継ぎされていたら、ここまで愛おしく感じなかっただろう。金継ぎの美しさに愛着が上乗せされている。
ああ、君を割ってよかったな。傷物になって一層魅力的な私の貯金箱。