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優しさに音があるなら

「じゃあゆうきちゃんは、その白い粉がないと生きていけないのね」
真顔でそう放った小林さんのおでこは、西日に照らされている。じわりと汗が滲む、まぶたを伝う。
私は手の中に握っているそれを見た。小さなジップロックに入れられたそれ。白い粉。普通、食卓に並ぶはずのそれは、小分けにされることで異様に見えた。
「ゆうきちゃんのお母さんは病気なの?」
汗が目に入ったのか、彼女は少し顔を顰めた。まぶたを指先で抑える。私はそれを見つめて、黙りこくる。
私の母は優しい。優しいけれど、その出力の仕方が普通の人と違う。悪意は無い。だから誰も、母を咎めることが出来ない。
「塩なんかが、人間を守れるわけ、ないでしょ。」
うるさいなあ、と私は思った。私は歩きだした。涙が溢れた。
「泣いてるの、ゆうきちゃん。」
追いかけてこないでよ。何も知らないくせに。
口の中でもごもご呟く。言葉の代わりに歯がカチカチ、いう。
「可哀想な、ゆうきちゃん。あのね、あなたを守ってくれるものは何も無いのよ。」
わかってるよそんなこと。私は自分を守りたくて、これを母から受け取るわけじゃない。これは母を守るため、私と母を結んでいる、今にも切れそうなそれを繋ぐため。
手をぎゅっと固く握る。ジャリジャリと音がする。私はきっと、これから誰かの優しさに触れる度、この音を聞く。
いつの間にか小林さんの足音は遠ざかっていて、私は一人になる。

数グラムにも満たない優しさを手放すことが、ずっと出来ずにいる。

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