コンサートを止めるな 井村屋の決断
9月4日は「クラシック音楽の日」なのだそうです。まったく意識していませんでしたが、私はこの日、あるコンサートに出かけました。9月から10月にかけて全国で開催される「日露交歓コンサート2021」(国際音楽交流協会)です。私の暮らす津市から今年の全国ツアーが幕開けました。
パンフレットに記載されたこのコンサートの目的は「気軽に一流のクラシック音楽に触れる機会を、日本の隅々にまで提供する」。2021年はソプラノのナターリャ・スクリャービナさんや、テノールのレオニード・ボムステインさん、ピアノのエミル・リヒナーさんなどロシアで活躍する一流の音楽家が演奏や歌声を披露します。そんな中で、気がかりなことがありました。三重県でも連日多くの新型コロナウイルスの感染者が確認されており、8月27日から三重県に緊急事態宣言が発令されました。9月25日に開幕予定だった第76回国民体育大会(とこわか国体)も中止が決まる中で、コンサートも中止にならないかと心配していました。実際に他県ではこんな発表も出ていました。
そもそも20年は日露交歓コンサートの全公演はコロナで中止となっています。9月4日に確認のため、会場に電話すると「予定通り開催する」とのことでしたが、本当にやるのだろうかと半信半疑でした。
会場の「津市久居アルスプラザ」に到着すると大勢の人が集まっていました。座席の1つおきに隙間を作ったり、舞台のすぐ近くの席は座ることができないようにしたりして、会場内が密にならないように工夫をしていました。入館時にアルコール消毒はもちろん、切符の半券を窓口の人ではなく、観客自身がもぎるようにして、接触を避けていました。観客同士で会話をすることを慎むように呼びかける館内放送も繰り返し流れていました。
予定時間にコンサートは開幕しました。バラライカの演奏、チャイコフスキーのピアノ曲の演奏などが続き、スクリャービナさんやボムステインさんの歌声が会場に響きました。よく知られた曲が流れると、首を揺すってリズムをとる観客も何人かいました。コンサートが終わると、会場は拍手に包まれました。
日露交歓コンサートは地区主催者が国際音楽交流協会とは別に存在しています。津でのコンサートは、同市に本社を置く食品メーカーの井村屋グループです。「あずきバー」や「肉まん・あんまん」など全国的に有名な製品を送り出しています。コンサート会場で同社の関係者に「このコロナ禍の中で、よくコンサートを開くことにしましたね」と尋ねました。
同社がこのコンサートの地区主催者になるのは18年以来過去3回目ということです。ただ20年は、奏者や歌手がコロナで来日できなくなり、全国でコンサートが中止となりました。そして今年は抽選で260人に観客を絞ることにしました。700人の応募があったそうです。しかし、緊急事態宣言が発令されていることもあって自ら会場に来ることを辞退した人も多く、最終的な参加者は200人だったそうです。
同社の浅田剛夫代表取締役会長は「最終的に私が開催を決断しました」と説明しました。決断に至った思いは「トップバッターの津市で開催が中止されたら、後に続く全国19都市での公演がすべて中止になってしまうではないですか」というものでした。他の都市の地区主催者には、自治体であるケースも数多く含まれています。すでに27日の岩手県での公演が中止となったように「自治体は中止に傾きがちです。民間の私達が中止すれば、一気に流れができてしまいます」。
観客が集まるイベントを開催することには賛否があります。同社の決断にも恐らく双方の意見があるのでしょう。浅田会長の名刺には「深く広く鋭く考え俊敏に動く」という同社のスローガンが書かれていました。今回の決断に至るまでにもそうしたプロセスがあったのだと思います。コンサートを止めずに、地方へとタスキをつないでみよう。同社の判断は第一走者となることだったのです。