傷つきから建設的な提言へ
神奈川県で活動するNPO法人penaの写真展に誘っていただいた。とても良かったので、お近くの方は行ってほしい。会場は本郷台駅近のあーすぷらざ、入場無料だ。
メインの展示
壁には2,500g未満で生まれたリトルベビー(低出生体重児)たちの、生まれたときの写真と大きくなってからの写真、そして家族からの一言メッセージを並べてあった。小さく生まれて、みんながびっくりしたよね。命の灯を絶やさないように薄氷を踏むような日々を送りつつも、どの子も愛されて育っているね。と、目頭が熱くなった。
ちなみに、撮影OKというのが一般応募の子ども写真展では珍しい。どのパネルもうちの子の可愛さ自慢が満開で、幸せのお裾分けをしてもらえる。
勉強になる展示
つながる展示
出生体重と身長で作ったくまのぬいぐるみ、実際に保育器の中でつけていた帽子や靴、手動搾乳器や母乳バッグ。いずれも手に取って見てよい。
中でも、手書きの育児日記に仲間意識が芽生えた。私は全部デジタルでやってしまったので、またもやアナログの尊さに圧倒される。手記という世界に1つしかない大切な宝物を惜しげもなく一般公開されている。
どこかの知らない人が残したものではなく、会場にいる親子の愛情と戦いの記録。これから生まれて来る新しい命に接する人に、「遠くから何とはなしに見た」でなく「実際に手に取って感じた」と心の奥につながりを植え付ける。
医療従事者へのメッセージ
県内のNICU/GCUのある病院にデータで送ってくれるとのことで、寄せ書きをしてきた。
シンボルカラーの飾り付け
会場の飾り付けもかわいかった。
世界早産児デー(World Prematurity Day)は2008年に毎年11月17日と制定されたそう。
ウクライナやガザで、妊婦のストレスや栄養不足によって早産が増えているとニュースで目にする。「どこで生まれても質の高い医療とケアを」に込められた願いと共に、平和な暮らしが戻ってくることを祈る。
ソーシャルアクション
3年前にサークルとして発足し、今年NPO法人になったpenaは、画期的な活動をしている。
かながわリトルベビーハンドブック
最初から小さく産もうなんて誰も思っていない。出産予定日に向けておなかを大事に、楽しみにマタニティライフを送っていたのが、突然終わる。そして、心も体も不安定なときに小さい赤ちゃんと過ごすことになる。乳児期から幼児期に入って行動範囲が広がると、周りと比べて悩んでしまう。そんな家族に優しく寄り添ってくれる冊子だ。
授乳室での搾乳の周知
理事長の坂上彩さんとお話しする中で、最新の話題として出てきた。公共施設や商業施設などの授乳室に、搾乳器のステッカーがつくようになる。これも、penaの提言による。
反芻しつつ帰宅
LBHを見て思ったこと
子どもたちの妊娠がわかったときに自治体から交付された母子手帳を改めて確認してみた。初産後の私は修正月齢という考え方もろくに知らなくて、母子手帳の項目に心を乱されたものだった。早産児関連の情報は、公費負担制度(未熟児養育医療費)についてだけだった。私の妊娠出産からはすでに10数年経っているが、2023年8月にこの冊子が完成したということは、母子手帳本体は未だに旧態依然としているということだろうか。
というか、この「母子健康手帳」という名称自体が古いな。後半の説明文章が「お母さん」一辺倒だった母子手帳と比べると、リトルベビーハンドブックの表紙は「保護者名」だし、内容面も「ご家族」という表現が多い。妊娠や母乳などについての記述はママだけれども、母体に依らないところは役割分担・連帯責任という姿勢を感じられる。PDFでも見られるので、興味のある方はぜひ。
授乳室のステッカーに寄せて
男性が授乳室に入れないのは論外として、私も経験したが女性でも一人だと視線が気になるものだ。母乳を出す行為は共通なのに、あげる子が一緒でないと「何で?」となる。胸が張ってゴリゴリになっただけなら、トイレの個室で搾って流すことはできる。悲しいかな、排泄扱い。
では、赤ちゃんが一緒にいない理由に想像を巡らせることができるか。私も、NICUに冷凍した母乳バッグを届けに通う経験をしていなかったら難しかったと思う。届けるべき赤ちゃんが別の場所にいたら、搾乳は捨てられない。せっかく滅菌されたバッグをトイレの個室で触るのは嫌だ。
授乳室がある公共施設や商業施設で授乳期のお一人様女性を入れてもらえるようになったら、今度は復帰ママが職場でも過ごしやすくなるようプライバシーの確保できる空間ができるとよいなとも思う。
娘は満期産だったが、0歳から保育園に預けたので、朝の持ち物にはその日の分の母乳バッグが入っていた。職場では、育休明けの挨拶に同僚が子連れで来たのを見たくらいで娘を思い出して胸が張り、トイレに流す羽目になるほどだった。私はそれでどうにかなる人だったが、体質によっては日中やっとの思いで搾乳する人もいる。やはり、清潔な場所で安心して扱えないといけない。
喉元過ぎても熱い
会場にいたのは40分ほどだったが、心の柔らかいところを刺激され続けていた。過去のイベントの感想ノートだっただろうか。私よりも上の世代の人の文章で、早産児だった自分を母がなるべく人目に触れないようにしていた、と書かれていたのが地味に堪えた。うん十年前のことなのに今その語りが出て来るのは、幼い頃どこか仄暗さが家庭内に漂っていたのではないかって思って、帰り道一人になって少し泣いた。早く小さく生まれたのは、誰のせいでもないのに。
私は実は、早産児の乳幼児期の育児の傷つきから立ち直れていない。これから同じ道を走る人に、沿道から声援を送るだけになっていた。坂上さんと写真パネルの前で話しているとき、封印していた思いが溢れてきて、額が汗ばんだ。penaのみなさんは、大変な育児をしている家族たちとの交流を通じてあのしんどさを何度も追体験しながら、「こうしたらもっとみんな幸せになれる」と建設的な提言をしているのが偉大だ。