すばらしき世界
役所広司が演じる三上正夫は幼少期に養護施設に預けられ、非行に走り、人生の大半を刑務所で過ごしてきた。
頭に血が上りやすく怒りっぽいが、真っ直ぐで優しい性格。困っている人を放っておけない。
手元は器用なくせに、生き方が本当に不器用なのよ。
一度道を外れてしまった者に世間の風当たりは強く、本人に更生の意志があったとしても雇ってもらえなかったり、支援をしてもらえなかったり、色眼鏡で見られたり、前科者には何とも嘆かわしい世界なのだ。
罪を犯した罰は刑務所の中ではなく、むしろ刑務所を出てから受けるものではないか、と思う。
結局元いた環境に戻らざるを得なくなって、再犯を繰り返す。
それでも正夫は一生懸命に世間に紛れようとした。
私は前科者ではないけど、正夫の気持ちがよく分かった。
生きづらい。
それでいて「すばらしき世界」という含蓄のあるタイトルを付けたところで完璧だと思った。
ポスターにコスモスが入っている意味も。
私は世間のはみ出し者である。
常に人々の10mも20mも後ろにいて、普通、まとも、凡庸、一般的、な分厚い仮面を被り、やっと同じスタートラインに立てる。
全てにおいて遅れを取っている私には仮面で蒸れた髪の毛しか残らない。
何もかもが規格外で期待外れ。
自分にとっての正義が空回りして上手くいかないことが沢山ある。
その生きづらさを役所広司は機敏に体現してくれた。
白と黒だけが公にされて、グレーなことはひた隠しにされる世界。
認められたい人がいて、「本当はそうじゃないのに」と言えない人がいて、黙秘することで誰かを護る人がいる。
偏見が悪であると知りながら、敢えてレッテルを貼ることで距離を取る人がいる。
前科者、障害者、ルッキズム、セクシュアルマイノリティ、私。
曲がったものを正そうとすると後先考えず鉄砲玉のように飛び出す。
この世界で生きていくには時に忖度や迎合が必要になり、順応出来なければ社会不適合者とされる。
最後のシーンで自己矛盾に苦しむ三上正夫を見て何を思うか。
全てぶちのめしてくれ、という気持ちだった。
この世界の正しさってなんね。
目の前でいじめられている人を見て見ぬフリすることが社会なんね。
そんな自分が許せない反面、社会で生き残らなければいけないという自己矛盾に苦しみながら生きている姿が見ていてとても辛かった。
耐えること、受け流すこと、平均的な人間でいること。
真っ当に生きようすればするほどバカを見るのだ。
布団の畳み方、お米の研ぎ方、洗濯物の干し方、ぶきっちょだけど丁寧な生活の仕方から三上正夫の性格がよく分かる。
元ヤクザの恐ろしい目も、人の良さが内側から滲み出る優しい目も、子供のようにべー😙っと無邪気に笑う目も、我慢を覚えた時の血走った目も、情緒不安定な三上正夫を演じた役所広司は私の中で間違いなく最優秀主演男優賞だった。
今まで観てきた映画の中で確実にダントツ一位です。
終わった後に生まれて初めて感じるカタルシス。
これは自分のために作られた映画だと。
ハチャメチャな人生を過ごしてきても、正夫の人柄に集まってくる人たちがいて、空は広く、青い。
「娑婆は我慢の連続ですよ。我慢のわりに大して面白うもなか。やけど、空が広いち言いますよ。」
私にとって役所広司さんという俳優に出会えたこと、この映画に出会えたこと、それだけで、ここはすばらしき世界だと思えるのです。