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一瞬のような

2019年8月14日14時41分、母は死んだ。

それ以来、何をするにもふわふわと上の空で、宙に浮いているような感じ。

幸せを噛み締めることもなければ、不幸せだと感じることもない。

無だ。感情とかそんなものはとくにない。

わざわざ首を吊ろうなんてことはここ一年で思わなくなったけれど、今車に撥ねられて死んでもいいし、いつ何が起こったってどうでもいいのだ。

人はそんな悲しいこと言うな、と言うけれど。

父と離婚してから母は一人でサロンを立ち上げた。私が高校卒業したあたりから経営が苦しくなり始めた。亡くなる直前にはもう火の車だった。

生き甲斐だった犬が死んだのがトドメで頭の血管が切れたらしい。

呆気なく母は死んだ。

一億円ほどあった借金は案の定、全て私に回ってきた。

色んな人に追い掛け回された。

苦しかったぁ。

私は母が亡くなった瞬間だけ、私と母を捨てた父を強く強く憎んだ。

捨てるのなら産むな。

お前が私たちを捨てなければこんなに苦労することはなかった、お母さんは死んでいなかったかもしれない、と。

けれど、いつも通り父は優しかった。

やっぱり父が好きだった。

家もなくなって、手元には母のお骨しか残らなかった。

その年の誕生日は一人でカラオケボックスで過ごした。

惨めだった。

なのに何とかなるだろうという、変な自信があった。

実際に何とでもなった。

友達が家に住まわせてくれたり、痩せ過ぎた私を見て色んな人が気を遣ってご飯に連れて行ってくれたりした。

周りが日常を取り戻したのに私だけいつまでもウジウジしている。今でもすごく苦しい。

認知症のばあちゃんを見て、お母さんの代わりにばあちゃんが死ねばよかったのに、と思ったりする。

幸せだと言うヤツを見ると、そんなのまやかしだと思ってしまう。

いつか喪うのに、と。

あの日から本当に色々と物事の考え方が変わってしまった。

優しい自分どこ行った?という感じ。

それでも関わってくれる人たちが居て、母の命日を忘れずに連絡してくれる友達がいる。

それって、そこそこ幸福じゃないか。

私には母からもらった血が流れているのだ。

それだけで。いいのだ。

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