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仮初の安全と声色の呪縛_7

(前話はこちらから)


 久しぶりに隆太と淳に会った。夏休みに入ってから、それぞれが家と予備校の往復をするだけで一日が終わっていた。学校だとサボれる授業もあるが、予備校ではそうもいかない。真面目に授業を受ける感覚を忘れてしまった僕らなので、授業を受けるだけでクタクタになってしまっているのだ。自分たちの意思で決めた予備校ではないため3人とも違う予備校に通っていたのも集合できなかった原因の一つだ。全員、横浜駅周辺にはいたはずなのだが、会おうと声をかける元気を持っている人はいなかった。得意だと思っていた数学で挫折を味わい、さらに太田にバカにされた僕は傷ついていた。この気持ちは、隆太と淳にしか話せない。

 集合場所はファミレスにした。涼しくて、3人でも広く座れて、ドリンクバーで粘れることが選定理由だ。ホールの店員さんには入店するタイミングから、席の回転率が悪くなりそうな学生が来たなという冷たい目線を向けられていた。僕らは頼みもしない料理メニューを眺めなが、冷たい目線の店員さんにドリンクバーを注文して、夏期講習の近況報告を始めた。
「慶太、大分まいってるみたいなだな。やっぱり数学専門でカリキュラム組まれた授業だとレベル高そうだよね」
 オレンジジュースとソーダを絶妙な比率で混ぜた、隆太オリジナルドリンクを飲みながら淳が僕に話始めた。
「そうだね。多分、みんな数学だけなら偏差値はかなり高いと思う。だけど、それでもみんな授業についていくのがやっとって感じ。授業が終わってから先生に質問に行くなんてやったことなかったけど、最近は質問するために長蛇の列に並んでいる」
 隆太も淳も興味深そうに頷いている。
「俺も質問しに行ってる。小論文とかは特に質問しちゃうよね。書くこと自体はそんなに苦労しないんだけど、それがどういう基準で点数になっているのがまだ分からない」
 隆太も学校では考えられないくらい真面目に勉強に取り込んでいるようだ。
「俺も日本史が大変だよ。何百年も前の人の気持ちになって、サイコロの起源について書くとか無理だよ。暗記科目だと思って選択したのに…」
 みんな得意科目なら楽に夏期講習を乗り越えられると考えていたのだが苦労している。
「朝起きて、予備校行って、勉強して、家に帰る。これじゃあまるで真面目でガリ勉な高校生だよ」
 と隆太が言う。淳と思わず目を合わせてしまう。高校生であることは紛れもない事実だし、実際ガリ勉にするためにそれぞれの親は僕たちを予備校に通わせている。淳が隆太にツッコミをいれるかと思ったが何も言わなかったので、僕も黙っていることにした。
「三者面談をもっと賢く乗り切れていれば、こんな夏休みにはならなかったかもな。何か面白いことないかな」
 隆太はストローを奥歯で噛みながら、ダラダラと机で眠る体制になった。確かにあの三者面談がもっと上手くいけば、もっと楽しい夏休みになったかもしれない。面白いかどうかは分からないが、僕は太田のことを2人に話てみることにした。

「通っている予備校に苦手な女がいるんだよな。高圧的でデリカシーがない。しかも、びっくりするくらい数学ができるから余計に腹が立つ」
 僕は淡々と事実だけを2人に伝えた。何となく、白い肌が見えて胸がざわざわしたことを言うと余計なことをたくさん聞かれるような気がしたので隠した。しかし、僕の配慮はまったく意味がなかった。同じクラス、さらに授業を受けている時、隣の席に女の子がいることだけで、男子校に通う僕らからすれば充分大きなトピックスなのだ。
「お前、なんでそんな大事な話を隠していたんだよ。お前らの授業の話とかどうでよいし、全然面白くないだろ」
 割と真剣に夏期講習の授業については悩んでいたのだが…。百歩譲って面白くないは許せるが、どうでもよいは傷つく。ただ隆太はそんなことお構いなしに質問をしてくる。
「名前は何て言うんだ。通っている高校も気になるな。部活は何しているんだろう。好きなタレントとかいるのかな」
 すごい想像力。この能力が小論文に少しでも活かせれば、すぐに得点の基準を発見することができそうだ。淳も静かにしているが、僕が太田についてこれから何を話すのか目を輝かせている。たしかに僕もふたりの立場だったら勉強の話より、女の子の話の方が興味はある。
「名前は太田綾。高校はどこか分からないけど、多分有名な学校だと思う。あの数学能力は普通に授業を進めている学校の高校2年生では無理だと思う。部活かどうかは分からないけどスポーツは何かやっていると思う。肌が健康的に焼けている。そしてコミュニケーションが変。話し方も変」
 隆太と淳が頷く。
「俺も苦手なタイプかも。勉強ができてコミュニケーションに問題がある人は、人を傷つけるのが上手い印象。なんかもっと浮いた話が良かったんだけどな。慶太が眠れないくらいその太田綾さんに恋していてほしかったよ」
 隆太と淳は、僕の情報に興味をなくしてしまったようだ。僕が恋焦がれていたらもっと違うリアクションが得られただろうか。別にそんなものは必要ない。一つ確認できたことは、隆太も淳も太田のことが苦手な可能性が高いということだ。今度、太田に会ったらはっきりと苦手であることを伝えよう。

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