レコードのカッティングの話(うんちく)
レコードカッティングってなんでしょう?
巷にはDMMカッティングなんていうものもある。
カッティング、、、
レコードを切る?
そんなレコードカッティングにEmeraldの有志といってきたのが5月
音の匠と称される日本コロムビアの名人。武沢茂さんの元へ、行ってきました。
立会いでのレコードカッティングは初めてでしたが、とても貴重な体験でした。
まずレコードの製造工程について話さないと、カッティングってよくわからないと思うんです。
①レコーディング
②MIX
③マスタリング
ここまでは普通の音源制作と同じです。
④レコード向けマスタリング
⑤カッティング
⑥メッキ加工-凸盤スタンパーの作成-
⑦レーベル(レコードの盤面に貼るラベル-音楽レーベルという言葉の語源?-)
⑧プレス(レーベルと共にプレス)
⑨ジャケット等印刷
⑩アセンブリ(梱包)
④のレコード向けマスタリングというのはCDとは違うレコードで再生することを目的としたマスタリングです。細かいことは割愛しますが、主にハイレゾの高解像度の音源をそのままカッティングすると、ローの成分がものすごい広がり(情報量)を持っているため、他の音を包み込んで全体の音の抜けが悪くなることが起きたりします。なので、全体の帯域を最適なサイズにして書き出します。
⑤ここでカッティングの登場です。マスタリングされた音源を「ラッカー盤」と呼ばれる特殊な材質でできた板に音情報を掘ります。ここにカッティング技師の匠の技が入ります。音の情報を盤に刻むという行為については、細かく説明するのは避けますが、レコードプレイヤーの針が読み取る情報を蛇行する線にして刻むということなのですが、それはつまり針が通る「道」を作るというようなイメージをしてもらえたらと思います。音によって蛇行するこの道が隣り合う道とくっついてしまったり、蛇行が大きすぎて安いプレイヤーだと脱線してしまったりするのを、帯域ごとの細かい音量やコンプなどの具合を調整して、収めていきます。
この蛇行するライン。音量を上げれば上げるほどたくさんふれ幅を使うと考えてもらえたらいいのですが、限られたレコードのサイズの中に、楽曲の長さに合わせてぴったりこの道を収めるという技術です。隣の道とくっついて起きるのが、音飛びです。マリオカートの裏技のように、隣の道に飛び乗ってしまう為、再生される音が飛んで別の場所から始まってしまうのです。これがレコードについた傷で起きるケースもあるのですが、ギリギリの幅にしすぎたために、プレスされたレコードでくっついてしまうなんてこともおきかねません。また、ギュン!と急角度で振れた際に、勢い余って隣のレーンに行くこともあります。
そうしたことが起きないように、細心の注意で道と道の感覚を調整します。時には顕微鏡を使って、妥当な道幅に調整する。生マスタリングというか、マスタリングされたLRの音情報をアナログな通路に変換しているような印象を受けました。
カッティングをするのはドイツからやってきた「NEUMANN-ノイマン-」というブランドのカッティングマシン。べらぼうに高価なマシンで、稀少性も高い機材、ぽんぽん作られてきたものではなく、一定の時期に生産されていて、今はもう生産されていないマシンです。なのでヴィンテージのカッティングマシンに独自のチューニングとメンテナンスを施してとにかく大事に使っています。
このノイマンを操れる技師の数というのが国内でもかなり少ないのです。単純にカッティングができるだけでなく、機械工学にも精通していないといけないという印象です。
余談ですが、Emeraldのメンバーは皆理系の為、ノイマンの話でやたらとテンションが上がって、マニピの藤井健司は武沢さんを質問責めにしていました。(目が輝いていた)
顕微鏡で溝を見るGt磯野。並ぶDr高木。みんなSILAS笑
この工程を経たラッカーディスク(A面B面で合計2枚)をメッキ加工ができる業者に送るわけですが、とっても大事なアイテムなので、箱も非常に厳重です。
国内でメッキ加工ができる場所は現在東洋化成のみ。それには深い理由があります。
その話はまた今度にします。
目の前で音源を再生してもらいながら、かたやノイマンでガンガン溝を掘り進んでいく様を見たときは、とにかくファンタスティックな気持ちでした。
そして出来上がったテストラッカーに、そのまま針を落として聴くわけですが、これが一番生なアナログサウンドとも言えるわけです。
サウンドは、「アナログ」です。生々しい音がするのです。恥ずかしいほどに。そしてスーッと空気に溶け込んでいく馴染みのいい残響が、心を溶かしていく。目の前で演奏されているような感覚かも知れません。「音がいい」というよりも、「そこに音が在るのを聴ける」という感覚かも知れません。不思議すぎる。テレビに映し出される絵が、僕らの生の目で見た景色よりも過剰に綺麗に写りすぎるのに対し、コマ送りのフィルムを模した映画の映像の方が、アナログに生々しく目に移るのと似ています。どっちがいいとは言わずも、特別な感じやリアリティは映画に軍配が上がるあの感じによく似ている。
ラッカー版をメッキ加工して、スタンパーを作るわけですが、そのメッキを原盤という人もいますが、実質このラッカー盤がガチの大元です。
テストラッカーのチェックが終わると、本番カッティングです。テストでOKだった設定のまま、もう一度掘っていくわけですが、その際出入り口に入室禁止の付箋を貼ります。
出入り口の空気の出入りで、針がぶれたりすることを避ける為です。
トイレ大丈夫ですか?と聞かれるわけですね。
緊張感。。
そうして出来上がった美しいラッカー盤。これがレコードの始まりです。
さて、ただのうんちくですが。
こんな工程があって、そこに匠の技が介入している!なんていうことがわかると、レコード一枚一枚が非常に貴重なものに思えてきませんか?
匠の技で行われるカッティングとはまた別の手法でこのカッティングを行うのがDMMカッティング。これまたものすごい技術な訳ですが、長くなるのでスタンパーの話の機会に。
膨れ上がるレコード需要に呼応するように、国内で様々なマスタリングスタジオに、このノイマンが導入され、国内のスタジオにてカッティング部門が稼働し始めています。
さて、そんな工程を経てレコードがこれからどうなっていくのか、また書いていきたいと思います。
限定生産で、先に予約を取る形で枚数を確定させるレコード。
Emeraldのパブロフシティは300枚限定での製造になります。
8月6日より店頭に並ぶ予定です。
すでに多くの予約が各店舗に集まっているようなので、早めに買ったほうがいと思います。柴那典氏のライナーノーツも素晴らしく、初めてEmeraldの挑戦を、この世の音楽的な系譜の中に置いて紹介してくれてます。柴さんに頼んでよかった。音楽トレンドがトレンドたる理由やその社会的背景を探求して社会に問いかけるという印象の「音楽ジャーナリスト」としての視座とは別の、純粋な解説者としての貴重な姿を残すことができた感覚です。素晴らしい解像度のテキストでした。
なぜCDがあるのに、レコード?
なぜ配信で聞けるのに、レコード?
実は僕もその答えはないんです。
でも、連綿と受け継がれてきた、音楽の歴史とその技術発展を語るとき、レコードという文化と向き合うために発展してきた技術の功績が大きいことはわかります。日本に訪れた高度経済成長のその時期に流布した多様な音楽の背景に、多額の資金を投入して発展してきたレコードの存在は今の音楽の制作技術にも大きな影響を及ぼし、土台となっています。
カッティングに立ち会った後、マニピのお兄ちゃんと話していたのですが、デスクトップ上で作られた今時の音が、過去に繁栄を極めたレコードというメディアで再生されるロマンは、心踊るよね。なんて話してました。それはとてもよくわかる。理由はいろいろありますが、大量消費しているコーヒーも、その製造工程が複雑なことは有名で、とある木の実の種が世界中をめぐって飲み物になって店舗で提供されるわけです。その香りや無限の組み合わせに大きなロマンを感じる人が後を絶たないように、レコードの醸す風合いの向こうに様々な人の技術と生活があることを思うとき、とても幸せな、贅沢な気持ちになるわけです。
楽しくって飲んじゃいましたよね。
あ、ハンバーガーだ。
美味しかったです。
このハンバーガーも相当な思い入れで開発された味でした。
是非食べてみてほしいです。
Emeraldの「東京」のMVに登場する池尻大橋のお店です。
Emerald / Maypril Records
中野陽介
温かなサポートは他のノートのサポート始め、外で書く際のコーヒー代などに当てさせていただきます。