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穏やかな日々を願って~伏見と女酒を味わう旅~

 昨年はさんざんな一年でした。両親が相次いで倒れて入院し、様々な手続きに追われ、知らぬ間に2023年になっていた感じです。結局二人は別々の介護施設に入ることになったのですが、紆余曲折がありすぎて、仕事を辞め、胃を壊し、メンタルをやられ・・・。よく無事に年を越せたもんだと、自分で自分を褒めてあげたい。今は母を介護施設に入れるための準備をしていますが、これが終わればいったん落ち着くため、あと一息というところです。それにしても介護のシステムって、わざと素人には分かりにくいようにできてません?

 人生の中でもそうそう味わうことのできない濃密な時間の中で、味方をしてくれるように見えて、実は自分のことしか考えていない人、困ったり悩んだりしていると、手を差し伸べてくれる本当にやさしい人、泣きそうになって連絡したら、忙しいのに時間を作って駆けつけてくれるありがたい友。実にいろいろな人の姿を見せてもらいました。みなさんの助けを借りて、最悪の状態には至らず、なんとかここまでやってくることができました。本当にありがとうございました。

 両親を介護施設に預けることにしてしまったため、これが最善の方法だったのだと思ってはみても、どうしても申し訳なさが心に残ります。なんとか自宅で介護する方法もあったのではないかと自分を責め、悩み、落ち込みました。でも私も仕事をして、自分の人生を生きていかねばなりません。どこかで気持ちを切り替えなければなりません。子供たちに自由を与えてくれた両親に心から感謝し、二人の心がすこしでも穏やかでありますように、幸せを感じて生きてくれますようにと祈り、願うばかりです。

 ということで、2023年が明けたとき、初詣に行きたいというよりは、とにかく祈りたいと思いました。節分までは前年、立春からが新年という思いがあるため、例年は立春を過ぎてから氏神様や伊勢神宮にお参りをしているのですが、自分の気持ちを鎮めるためにも、両親に感謝し、心おだやかに過ごしてほしいと祈るためにも、今年は立春まで待てませんでした。まずは氏神様に手を合わせ、しばしばお邪魔している上賀茂神社へ。そしてなぜかふと行きたくなった、伏見の御香宮神社へ。後で地図で見てみると、上賀茂神社の真南が御香宮神社だったんですね。びっくりしました。なにかに引き寄せられたのでしょうか。

 いやー、大きな神社だったんですね、御香宮神社って。本殿までの石畳の参道にも由緒を感じます。三が日はさぞ混み合ったことでしょう。心ばかりのお賽銭を入れ、手を合わせます。両親に感謝し、二人の心が穏やかでありますように、日々幸せを感じて生きてくれますように、と。・・・御香宮神社って実は安産の神様を祀っておられるようなのですが、神様はお心が広くてらっしゃるから、へへへ、ま、大丈夫、大丈夫。

 さてここからは、初めて訪れた伏見への町について書きたいと思います。私、神戸は灘の生まれで、灘の男酒で育ってきました。灘の酒は中硬水の宮水を使っているため(今は高級酒しか宮水を使っていないのですが・・・)、キリッとしていて、後味もスッキリしているのが日本酒、という思いがあります。ところがあるとき、軟水で醸した伏見のお酒を飲んでみて、ふにゃあっとした柔らかい口当たりにびっくりしました。これが女酒というものか。同じ日本酒でも、水によってこうも味が変わるものかと、それ以来、水に興味を持ち、自分なりにいろいろと調べています。

 京都の水は軟水だから、煎茶や抹茶によく合うんだろうな、とか、コーヒーは元々ヨーロッパの硬水で淹れたものが、本来の味なんだろうな、とか、紅茶を好むイギリスには、軟水の地域もあるんだな、などなど、水はとても奥が深い。ヨーロッパの硬水と日本の軟水のミネラルウォーターで、同じコーヒーを淹れて飲み比べてみると、素人でも明らかに味の違いが分かります。水って本当におもしろい。

 ということで、飲んでみたかったんですよね、御香宮神社の御香水。京都府観光ガイドによると、「貞観4年(862)に涌き出た清泉で、清和天皇より「御香宮」の名を賜った境内にある。この水は大変よい香りを放ち、飲むと病が治ったり願いが叶ったといわれた事からこの名がついた。」とのこと。古いだけでなく由緒正しき水です。一口飲めば、昨年ボコボコにやられたこの心身を浄めていただけるのではないか、そんな期待を込めていただいてみました。やはり柔らかくて、甘みも感じられるやさしい味わい。さすがは京の水どすなぁ。

御香水の水汲場の横の手水で、鳩が水浴びをしておりました。なんという贅沢な水浴び。

 控え目に500mlのペットボトルに御香水をいただいて、ありがたく持ち帰りました。御香水で淹れた一保堂の煎茶「芳泉」をいただきながら、パソコンを打っているのですが、めちゃくちゃおいしいですよ。どう表現したらいいんでしょうねぇ。お茶と水が完全に一体化して、まったくクセがなく、とがったところもなく、するすると喉に流れ込んでいくかんじ。こんな水があるのだから、京には茶文化が花開きますわなぁ。

 そして御香宮神社を後にし、伏見の街をぶらぶら。このところメンタルが不調なせいか、つい昔のことを思い出し、どよーんとした気分になってしまうので、今年は「これまで行ったことのないところ」へ行ってみようと思いました。すこしでも前を向きたいなと。そんなこともあって訪れた、伏見の町。古くから酒造りで栄えた町だけあって、商店街は人通りも多く、活気があって賑やか。商店街から一歩脇道に入ると、古くからの酒蔵が立ち並び、なんともいい風情です。

 そして伏見に来たら外せない名所、寺田屋へ。寺田屋は広い通りに面していましたが、脇には江戸時代を彷彿とさせる路地もあり、襲われた坂本龍馬はこのあたりを走って逃げたのだろうか、目の前には船着場もあり、身を隠しやすい場所だったのだろうな、などと想像をめぐらしていました。京都って街角でいろんな想像をふくらませることができるのがいいですね。今も歴史と地続き、ってところが。

 せっかくの伏見ですから、いろいろな酒蔵を見学したかったのですが、時間の都合で「月桂冠大倉記念館」へ。記念館に到着するまでに、酒蔵あり、大倉家のお宅あり。お酒屋さんの敷地って本当に広い。造り酒屋といえば、昔からその土地の名士ですもんね。しかし、昔のままで保存されているのは本当にすごいこと、素晴らしいことと思います。伏見の酒造家の気概をひしひしと感じました。

 「月桂冠大倉記念館」の大型バス駐車場には、外国人旅行客を乗せたバスの姿が。やっと戻って来たんですね、インバウンド。古の酒蔵の様子や日本酒の味をどのように感じていただけるのでしょうか。30人ほどのツーリストの間を縫って、私も入館。大人1名600円。3種類のお酒の試飲ができるため、妥当な料金かもしれません。「月桂冠」とプリントされた利き酒用の蛇の目猪口をいただいて、見学スタート。酒造りの映像に始まり、酒造りの道具や月桂冠の歴史展示などを拝見しました。

 途中でかなり広い中庭に遭遇。手入れの行き届いた築山に、松などが姿よく植えられています。さらには広々とした東屋までも。時間に余裕があれば、東屋でのんびり過ごすのも気持ちがよさそうです。酒蔵見学に来て、庭で憩うことができるとは思いませんでした。気が利いてますね。

 そして酒造りに欠かせない水を汲み上げる井戸が。ここでも伏見の水をいただきました。澄んだ美しい水です。するすると喉に流れ込んでゆくような、柔らかな口当たり。豊かに溢れ出る水を見ていると、酒造りとは水の豊かな土地でこそ成り立つ産業なのだと、しみじみ感じさせられますね。

 さて、お待ちかねの「利き酒処」。なんと10種類のお酒が用意されており、そのうち3種類を選んで試飲することができます。10種類のお酒は名称や辛口、甘口などの味わい、大吟醸などといった特徴が表にまとめられていますが、つい目移りして迷うところ。そこで頼りになるのが、担当のおじさま方です。ある2種類のお酒のどちらを試飲しようか迷ったので、お聞きしてみたところ、それぞれのお酒の特徴を教えて下さり、「どちらもおいしいお酒ですが、せっかく見学に来られたのだから、ここでしか飲めないお酒はいかがですか?」と生酒を薦めて下さいました。女酒にしてはスッキリしたお味で、美味しくいただきました。

 また、女性2人組の方が、「いつも家ではどのお酒の飲んでますか?」と担当のおじさまに質問されたところ、利き酒一覧表の中から、あるお酒を指されたものの、彼女たちがあまり日本酒を飲まないことを聞くと、そのお酒はよく飲む人が好む味だからと、あまり飲まない人にも飲みやすいお酒を薦めておられました。さすがの対応です。「利き酒処」におられるおじさま方は、おそらく月桂冠OBの方々なのでしょう。説明を聞いていると、自社のお酒に対する愛が感じられます。

 軟水で醸したお酒は、灘の酒とは全く違う、やさしく、やわらかい味でした。でも醸し方や酵母に工夫を凝らし、キリッとした味わいのものもあり、日本酒の未来のために研究を重ねておられることが伝わってきます。私も灘の酒造会社にいたことがあるためよく分かるのですが、日本酒の消費量は年々落ち込んでおり、どの酒造会社も若い飲み手を獲得するために必死で研鑽しています。水と米と米麹というシンプルな原材料を使っているだけに、水の違いだけでここまで異なった味わいになる日本酒は、商品を越えて文化です。できるだけ日本酒を飲むことで、日本文化を支えなければ。・・・いやいや、おいしいからつい飲んじゃうんですけどね。

 そういえば、館内の案内をされているのは、おじさまばかり。入口すぐの帳場の写真を撮っていると、すすっと近づいてこられ、さらっと説明をして下さいました。みなさん押しつけがましくなく、でも月桂冠愛にあふれた、いい案内をなさるんですよね。こちらもファンになってしまいます。とても気持ちよく見学ができました。ありがとうございました。

 そろそろ日も沈んでゆくころ。伏見と言えばよく登場する光景を画像に収め、町を後にすることに。今はちょっと寒々しい光景ですが、桜が咲くと川べりも水面も桜色に染まってきれいでしょうね。そのころ私は、どこでどのようなことを思いながら生きているだろうかと、ふと考えましたが、いつでも心おだやかに、毎日ささやかな幸せを感じて生きていきたい。また、両親にもそうであってもらえたらと願っています。

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