『どろろ』【アニメみました。vol.1】
『どろろ』を見ました。
テレビ放送時に途中まで見たのですが、後半見れてなかったので休暇中にみました。原作の漫画の方は読んでません。記事にはネタバレを多く含みますので、読まれる方は注意してください。
作品名:どろろ
原作:手塚治虫
監督 :古橋一浩
シリーズ構成 :小林靖子
アニメーション制作:MAPPA、手塚プロダクション
製作:ツインエンジン
放送期間:2019年1月 - 6月
話数:全24話
【あらすじ】
時は戦国。
醍醐の国の主である景光は、
ある寺のお堂で十二体の鬼神像に領土の繁栄を願い出た。
それと引き換えに生まれた景光の世継ぎは身体のあちこちが欠けており、
忌み子としてそのまま川に流され、捨てられてしまう。
時は流れ、鬼神は景光との約定を果たし、国には平安が訪れた。
そんなある日〝どろろ〟という幼い盗賊は、ある男に出会う。
それは、鬼か人か
両腕に刀を仕込む全身作り物の男〝百鬼丸〟は、
その見えない瞳で襲い来る化け物を見据えていた。
(引用:https://dororo-anime.com/introduction.html)
鬼神に体を奪われた百鬼丸がどろろと旅をしながら体を取り戻していく話。体を取り戻すほどに、醍醐の国は不安定な状況になっていきます。
鬼神に体を奪われた百鬼丸のことを母(縫の方)も寿海も「救えない」といい、百鬼丸を助けることは誰にもできない、百鬼丸自信が鬼神を倒し取り戻していくしか方法がないということを突き付けられました。
百鬼丸はは何度も「俺の体を取り戻すのだ」とアニメ後半言っています。23話で鬼神の力を宿した多宝丸、陸奥、兵庫と対峙する百鬼丸のシーンは、「俺のものだ」とつよい意思を感じました。(この時は自分の体を他者が利用していることに強い怒りを感じているようにも思いました)
17話で寿海が百鬼丸に「体をすべて取り戻した時、お前は人間か?」と聴くシーンは、琵琶丸が「人か鬼か」と問うシーンは、作品の中でもなかなか重要な気がして、同じ鬼神に対峙した多宝丸はあんなにも大変なのに、たやすく退治できてしまう百鬼丸は人なのか…
最終話(24話)は上の話の回収がされていて、最終的に体を取り戻し、まだ完全に目の見えない百鬼丸を抱きしめる母は、まさに生まれた子どもを抱きしめているみえ、また寿海の優しいまなざしも「おっかちゃん」を感じさせられました。(この作品「おっとちゃん」はあまり扱われなかったなとおもいつつ)人として愛を受けた百鬼丸は体を取り戻した後、人になれたんだなぁと思わせるような演出だったと感じています。
アニメ全体では、とくに前半の百鬼丸の表現に限界があるときの顔の表情が豊かでよかった。目や口や鼻がうごかない(作り物)なんだけど、見せるあの表情群はとてもアニメらしくてよかったなとおもいました。
そんな感じで、あまりうまくまとめられてないんですが、おもしろかったです。
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