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『神様になった日』【アニメ見ました。vol.2】

この記事を描いて、2020年アニメを全く見てないなと思いました。2021年はもう少しアニメ見たいな・・・と思いました

『神様になった日』を見ました。一話を見た時に「さて今回は何回転生するのかな」と思ってましたが、まったく転生しませんでしたね。key作品はほぼ見てきたのですが、ちょっとまさかでした。

第5話の「大魔法の日」は普通に泣いてしまいました。進み出せない時計の針が進み出す、死んだ人は一生忘れないで欲しいものなのだろうか、とふと思いました。偉人になればいくらかの人には思い出してもらえるかもしれないが、絶対にいい話ばかりでもないしな、それよりも自分が生きれなかったところで生きて欲しいとはやはり思うものなのかなと、生きている側は「思い出してあげよう」というけれども、思い出すのも、生きている人のためなのだろうなと、思ってしまいました。大魔法をかけて、背中を押す。ここにいないものを永遠に思わないで。千の風になってを思い出しました

第10話「過ぎ去る日」はkeyを一番感じた話でした。思い出させるというか気付かさせる。key作品ってお節介ものが作品を救っているような気がします。たこ焼き食べたい。そして鈴木少年が「僕にはこれしかないのに」って発言があった話も好きです。それしかなくて、それしか認められていない。生産性が求められる現代社会において、自分の上位互換を知ってしまうことは何よりも恐ろしいことです。私にも上位互換は鬼のようにいるので、どうしたらいいんですかね、今は、今を生きるので大変です

ここからラストにかけては、「機械がそう感じていただけ」はとても面白いセリフだと思いました。

歩いたり、話たり、考えたりすることが極度に難しい人間が、機械の力を借りた時、どこまでの判断や思考が機械であり、どこまでが人か 記憶がメモリー保存されるのならば、メモリーが無くなった時あらゆる想いも無かったことになるのか ヒナは神だった。神と人は違う 

しかしながら、最終回で人として過ごしたい日々を過ごしていたと判明した以上、アニメに描かれていたヒナは人であったとなる。あくまで神の力を使っただけ、というのが話の結末でした

ラストにかけて、どう生きたいのかをもっと問われる内容かと思いましたが「愛」が救う感じになったので若干の消化不良。でも、大魔法の日は本当に見てほしい。夏の思い出が今年は全くないので、私も今すぐにもう一度あの青春の夏の日々を取り戻したい

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