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与えられた男 その6

「なんだよ、これ」
小早川は三浦に電話した。
『読んだ通りだよ』
彼は、インスタントラーメンを食べている最中に電話を取ったらしく、すすり上げる音を立てながら話した。
 国民が、志士となって国難のために戦う。理屈は正しい。少子高齢化が国難であることも、認識としては間違っていない。小早川は困惑した。問題はなぜ、自分のところにこんな勧誘が来たのか、ということだ。
『国はもう、万策尽きて、国民の有志に頼るしかないところまで来ているんだよ』
 児童、生徒への補助金を増やす。ひとり親世帯を支援する。若者の婚姻を後押しする、等々。ここ数年、この国の政府は、躍起になって少子化対策を推進していた。しかし、出生率は低迷したまま。このままでは、いずれ深刻な労働力不足に直面し、国内総生産の減少、ひいては、国力の弱体化を招きかねない。
 近年の円安が、その懸念に現実味を与えていた。外国人労働者が来ない。日本円の価値が下がったために、この国で働くメリットが失われているのだ。日本で働くよりは、賃金の高い新興国で稼いだ方がよいという流れができ、日本の若者の中にも、海外で就職する者が出始めていた。
 この流れは、もはや止められない。
 では、わが国は、手を拱いて衰退を待つより他にないのか。
 そんなわけにはいかない。誇り高き我らの先祖が、連綿と受け継いできた伝統のある国だ。我々の代で滅ぼしていいわけはない。
 そこで、窮余の策として、現在の政府が打ち出したのが『志士募集』だ。
『国勢の縮小と、国力の弱体化は比例しない。人口が一億二千万人あっても、現役労働者が減少すれば、当然、国力は弱まる。逆に、人口三千万人でも、全員が労働力としてカウントできるなら、国内総生産は維持できるはずだ。仮に、国力の最大状態を一とすると、総人口が分母、実労働者が分子だろ? 分母を減らして、分子を増やす。そうすれば、国力は維持できる』
「理屈はそうだけど、分母が増え続けているのが問題なんジャンか」
『そうだよ。やっと分かったか』
小早川は、電話口で酸っぱい顔になった。
『今の日本には、無駄飯食いが多い。働きもしないで、年金や、社会保障に縋って、ただ生きているだけの連中だ。長生きは結構だけれども、実のところ、長生きさせるほど価値のある人間なんて滅多にいない。若い頃にたいして役に立たなかった奴は、年を取っても役立たず。そうだろ? そういう連中に、早めに退場してもらおう、とね』
「死ねってことか」
『強要するわけじゃないんだよ。ただ、国家の現状を考えれば、自ずと結論は出るんじゃないか、というわけ。かつて、維新の志士が、命をかけてこの国の進む道を切り開いたように。特攻隊が、一命を軽んじて国防に殉じたように』
「国民を殺す国は、もう、国じゃないぞ」
『だから、死ねと言ってるんじゃないんだよ』
三浦の声は、あくまで冷静だった。
『志民権は義務じゃない。権利なんだよ。それも、誰もが持てる権利じゃない。国が認定した、有意の人材だけだ。これに選ばれるのは、名誉なんだよね。まあ、人に自慢することでもないけども。それから、あくまで権利だから、行使しなくてもいい。権利を主張しなければ、これまで通り暮らして行かれるし、需給年齢になれば、年金ももらえる。社会保障も受けられる』
「権利行使ってのは、要するに、死ぬということだろう」
『死ぬばかりじゃないよ。国外転出という手もある。そのための補助金も出る』
「どっちにしても、国から出て行けってわけだな」
『だから、命令じゃないんだって。任意だよ。自由意志なんだよ。マイナンバーカードと同じだよ』
マイナンバーの設定は強制だが、カードの作製は任意だ。
「オレはいらないな、こんな権利」
『オレは、行使するつもりだよ』
小早川は絶句した。
(つづく)


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