nkd34

落選作を埋葬しています。

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最近の記事

ディバイデッドホテル 13/32

 ファミレスで食事中、明夫の前で、母娘はケンカを始めた。 「私立高校を選べって言われたの」 「だから、私立はダメだって言っただろ!」 明日の三者面談の話だ。来春の高校受験のために、今のうちから志望校を考えておくように、と輝美は学校で言われた。第一志望は公立だ。比較的成績のいい彼女は、いくつかの候補を上げることができた。だが、公立入試は、学力検査の結果次第で不合格もあり得る。その場合、進学先がなくなる恐れがあるので、万が一の場合のために、抑えの私立高校を事前に受験するよう、学校

    • ディバイデッドホテル 12/32

       自動ドアが開いた。 「おう、七海。どうした? お茶引いてんのか」 薄手のハンチングを被った、顎の張った男が、カウンターに向かってきた。男は七海の隣の止まり木に腰掛け、カウンターに肘を突いて「ハッパくれ。上等な奴」と野太い声で言った。  芳美はそそくさと下がって、『ハッパ』ではなく、冷蔵庫から冷えたビールを取り出してグラスに注いだ。 「まったく、近頃の若い連中は、簡単にヤクに手を出しやがる。七海、お前もやってないだろうな?」 「帰る」 七海はスマホを掴んで止まり木から下りた。

      • ディバイデッドホテル 11/32

         カウンターに向けられた照明に、芳美はグラスを翳した。指先で回して曇りを探す。完璧だ。自画自賛した。いつもながら、自分の洗い物には隙がない。技の源泉は肩だ。グラスを洗うのはスポンジだが、それを操るのは指。指を動かすのは手。手に脳からの指令を伝えるのは腕。腕は肩についている。肩を安定させて、はじめて指の動きが整う。自分の体の末端を、如何に精妙に動かすか。末端の操作で、如何に精妙に対象を操るか。それが極意だ。すなわち、末端のために、根幹があるのだ。 「デートしない?」 カウンター

        • ディバイデッドホテル 10/32

           店についた頃には、日が暮れていた。 「キミ、ホントにそれだけでいいのか?」 明夫は、向かいの席の、輝美の顔を覗き込んだ。左顎に、小さなニキビがあった。 「いいのよ。ほっといて」 「足りないだろ?」 「大丈夫よ。後でお菓子でも食べるから」 明夫は横目で陽子を睨んだ。陽子は機嫌が悪かった。自分の娘に構うことなく、カニ入りトマトクリームのパスタと、オニオングラタンスープと、特製ドレッシングの海藻サラダに取り掛かった。  輝美が頼んだのは、ジャンバラヤ一皿だけ。ソースの染みたライス

        ディバイデッドホテル 13/32

          ディバイデッドホテル 9/32

           呆然とする梶原を尻目に、田代と加藤は話を続けた。 「アニキは、何が苦手ですか?」 「オレか? オレァ、食い物に苦手はねえけどよ。ま、強いて言えば、女だな」 「へ? ご冗談」 「いや、マジだぜ。オレは女の、ナメクジみたいにくねくねした体がたまらなく嫌でね」 「マジすか」 加藤は目を白黒させた。  彼がヤクザ者をしている理由の一つに、イイ女を抱きたいというものがあった。それこそナメクジを、その体液まで味わい尽くしたいと、若い彼は四六時中考えていた。それが嫌いとはこれ如何に。  

          ディバイデッドホテル 9/32

          ディバイデッドホテル 8/32

          「この店に来て、トマトバーガーを食べないって、どうよ?」 フィッシュバーガーを頬張る加藤廉の顔を、田代信郎は、向かいの席から覗き込んだ。 「トマト、食えないんすよ」 田代は瞼を開いた。 「こいつァ、驚いた! ピーマンが嫌いな奴は、今まで何度も会ったことがあるけどよ、トマト嫌いははじめてだ」 「いや、その。嫌いなんじゃなくて、食えないんス」 田代は二、三度瞬きして加藤を見た。加藤は、分厚い一重瞼の下の小さな瞳を伏せ、張り出した頬を赤らめた。 「アレルギーか」 「面目ねえっす」

          ディバイデッドホテル 8/32

          ディバイデッドホテル 7/32

           明夫は、メール送信のために、サイドテーブルの上に広げたノートパソコンを叩いていた。  陽子は、三杯目のシャンパンを前にして、ソファに仰向けに身を投げ出し、「なんだかこの部屋、湿っぽいわね」などと独り言のように言いながら、うつらうつらしていた。背もたれに寄りかかった横顔に、幼かった頃の面影があった。  ふいに、彼女のスマホが鳴った。明夫がつま先で彼女の足をつつくと、重たげな瞼を開き、スマホを取り上げた。 「ああ? 今、仕事中」 不機嫌そうに彼女は言った。 「そう。一人で帰って

          ディバイデッドホテル 7/32

          ディバイデッドホテル 6/32

           八〇一号室はいわゆるVIPルームで、リビングとダイニングと、ベッドルームが二つと、二四時間風呂と、トイレと、キッチンがあった。東南の壁はガラス張りで、朝昼の採光はよかった。ただ見えるのは、向かいのビルの壁だけだ。八階は、この部屋と倉庫のみ。もともとフロア全体が宴会場だったのだが、感染症流行の影響でバンケットの利用客がいなくなり、居室に改装された。その際、いびつなフロアを四角く仕切り、余った部分を倉庫にした。  八〇一に長期滞在する山口明夫は、自分の荷物を倉庫に積んでいた。

          ディバイデッドホテル 6/32

          ディバイデッドホテル 5/32

           玄関の自動ドアが開いて、サングラスをかけた男が三人、両手をスラックスのポケットに突っ込んで入ってきた。 「シングル三つ。空いてっか?」 先を歩いていた、小柄で、坊主頭の男が、カウンターに肘を突いて言った。芳美は、反射的に直立不動になった。ヤクザ者だ。 「ご予約ですか?」 「いや。予約じゃねえと、泊めねえのか?」 「い、いえ。あの、あ、空いております。チェックインは、こちらのタブレットからお願いします」 男は眉間に皺を寄せ、芳美の差し出したタブレットの画面をしばらく睨んでいた

          ディバイデッドホテル 5/32

          ディバイデッドホテル 4/32

           ああ、これか。  四つある車輪のうち、左の後輪が動かなくなっていた。これのせいで、清掃ロボットの走行速度が落ちたのだ。  小早川芳美は、昼番から、清掃ロボットの修理を引き継いだ。もっとも彼は、ロボットメーカーのサービス担当ではない。遅番パートのフロント係だ。ほとんど面識のない昼番パートからの申し送りなど、本来なら無視してもよかったのだが、この日は客が少なく、手持無沙汰だったので、修理してみる気になったのだった。彼は、正面玄関に向かうカウンターの中で、床に這い蹲って車輪の脇に

          ディバイデッドホテル 4/32

          ディバイデッドホテル 3/32

           両手に玉を握った竜が、口を開けていた。その口に手を翳すと、さながら、火焔を吐く八岐大蛇のように水流が出た。  山口明夫は、慌てて砂利を踏んで後ろに下がった。水の勢いがよすぎて、撥ね返りでシャツを濡らしそうだ。 「日頃の行いが悪いからだよ」 明夫は声のした方を覗いた。  手水舎の脇に、むき出しの膝を抱えた小学生の男の子が座っていた。 「何とかならないかな」 明夫は、独り言のような口ぶりで、彼に話しかけた。  天王町商店街の鎮守、午王神社は、近年宮司が代替わりし、それに伴って社

          ディバイデッドホテル 3/32

          ディバイデッドホテル 2/32

           夜は安らぎの時間じゃない。夜があるから、人は怠けるのだ。田代信郎は、根元まで吸った紙巻きタバコを、携帯用の吸い殻入れに捨てた。  星空の下に、闇が広がっていた。月が闇を裂き、海面に光の道を作っていた。  浜には、昼に稼いだ海の家が眠っていた。日暮れ時に降った雨が、観光客と、浜のゴミを掃っていた。田代は舎弟の加藤を連れ、やや離れて建つ一軒の、勝手口の扉を開けた。  監視カメラが頭上から睨んでいた。扉の裏に控えていた、派手な開襟シャツの、金髪の小柄な男が、「スミマセン、決まりな

          ディバイデッドホテル 2/32

          ディバイデッドホテル 1/32

           夜に、月が浮かんでいた。畑野陽子は、肩まで垂らした髪をかき上げ、加熱式タバコを咥え、淡いけむりを一口吐いてから、「アイツがいるうちは、身動き取れないんだよね」とため息まじりに言った。 「慌てなくてもいいジャンか」 「そうなんだけど。でも、せっかくアナタが決めてくれたのに。なんだか、イライラする」 「ひどい言い方だな」 「そう思うよ、自分でも。でも、仕方ないジャン」 山口明夫は、温くなったビールを口に運んだ。  ジョッキ越しに彼女を眺めた。テーブルに肘を突き、物憂げに首を傾げ

          ディバイデッドホテル 1/32

          ボット先生  【第35話/全35話】

           冬休みが明けても、さやか先生は戻って来なかった。サンキューの後は、イクキューだそうだ。 「イクキューって、何?」 となりのキムラ君に尋ねると、「知らね」と素っ気無く言われた。  キムラ君は、ボクがけむったいんだ。というのも、ボクが彼と同じ塾に移ったから。そんなの気にしなくてもいいのに。算数では、ボクは全然キムラ君に敵わない。英語もだ。でもたまたま、前回の模擬テストで、ボクは塾で一番の点数を取った。国語だけ。今まで全教科でトップだったキムラ君は、それが気に入らないんだ。  ケ

          ボット先生  【第35話/全35話】

          ボット先生  【第34話/全35話】

          「動くんじゃねえ。さもないと、コイツの命はないぞ!」 月明かりが、マーさんの禿げた頭を照らしていた。マーさんは、左腕で駅員さんを抱えていた。駅員さんは、帽子が脱げ、濡れた前髪が額に張り付いていた。 「面目ねえ」 駅員さんは、腰の辺りで両手を広げ、苦笑いした。彼の米神に、マーさんはピストルを突き付けていた。  マーさんは、鬼のような顔だった。ドローン軍団を使ってボクを浚おうとしたけど、警察に阻止されて、いよいよ手段がなくなり、駅員さんを人質に取った。どうしても、ボクを連れて行く

          ボット先生  【第34話/全35話】

          ボット先生  【第33話/全35話】

           ドローン軍団は、蚊柱みたいに散らばった。飛び上がるボットPを避け、ふわふわとかわす。ボットPはまっすぐにしか飛べないから、命中しなければむなしく飛び去るだけ。外れたボットPは、逆さまに落ちて砂浜に突き刺さった。  ドローンが反撃を開始した。四、五機が一体になって急降下し、地上のボットPに向かって足からパチンコ玉を発射した。集中砲火を浴びたボットPは、体のゴム状の繊維を切られ、くの字に折れてその場に倒れた。  ああ、ヤバい。  ドローンは、いくつかの組を作り、順繰りに降下して

          ボット先生  【第33話/全35話】