アスターせっ記:Astarを巡るWeb3ヤーたちの悲劇
先日からWeb3界の日本の誇りことAstarが燃えに燃えている。炎上の原因となったのはAstarのポリゴンとの協業のニュースだ。一見、炎上する要素など含んでないようなこのニュースだが、国内のWeb3界隈は連日の大騒ぎである。この不可解な騒擾を理解するために今回はこのような記事を書くに至った。
炎上の中心となったのは以下のようなおそらくAstarに初期から投資している投資家のツイートである。
要約すると、Astarを舞台にしたIDOで常識では考えられないほどの、投資詐欺や価格崩壊に何度も見舞われたということだ。
IDOとはWeb3版のIPOのようなもので、証券取引所の代わりに分散型取引所(DEX)を介して、株式の代わりにトークンを発行する新規上場イベントのことだ。
Astarブロックチェーン上のArthswapというDEXで行われたIDOの中には、詐欺的なプロジェクトや、そうでなくても使い物にならないプロダクトが多くあり、リリース後も褒められたものではなかった。売り抜け、ラグプル、失踪に終わったプロジェクトは枚挙に暇がない。惨憺たる状況なのに、損した投資家は自己責任だと切り捨てられた。
もちろんArthswapは当時からかなり炎上していた。しかし、なぜAstarまで火の粉を浴びなければならないのだろう。それは、Astar特有のdAppステーキングという仕組みがあるからだ。これはAstarからお墨付きをもらったプロジェクトは、ユーザーから投票を受ける権利を得て、得票した分だけAstarから報酬を定期的に得られるというAstar特有の仕組みだ。Ethereumなどの自由なチェーンには、そのように特定のプロダクトをホワイトリスティングするような仕組みはない。dAppステーキングは、プロダクト開発者を支援する仕組みでもあるが、Astarによる選考プロセスを通す以上は、プロダクトの良し悪しの責任の一端をAstarが負ってあげる仕組みとも言える。トラブル続きのArthswapはAstarのお墨付きを最初期からもらっており、dAppステーキング対象だったのだ。
そして、杜撰なIDOが続いた後も現在までその地位は失われていない。IPOに例えれば、東証(Arthswap)が不十分な下調べをした結果、ヤバい企業の株式を次々に上場させてしまい、上場後に投資家から集めた資金が彼らに抜き取られたのに全く説明責任を果たさなくても、金融庁(Astar)は注意もしなければ業務停止命令も下さないどころか、報酬(dAppステーキング報酬)すら与えているのだ。こんな状況で損を喰らい続けて、おかしくならない投資家はおかしい。
そもそもAstarのコミュニティ運営は杜撰だった。CEO渡辺創太氏のNFT自己落札事件などもあり、界隈の一部ではAstar自体のイメージが悪くなっていたのもあるが、その後もアウトローな投資家環境を前にしても一向に改善される素振りを見せなかった。そんななか賢い投資家は早々に退散していく。AstarのTVLも急激に低下した。
その頃の外部環境は、弾けたかのように見えた仮想通貨バブルもまだ余韻が尾を引いていた頃だ。Terraのような大悪玉が消えたので市場が健全化されたといったポジティブな意見もあり、バブルはまたすぐ来るんだという楽観ムードすらあった。そこでAstarはそんな市況を利用して、プロダクトの改善ではなく、マーケティングやブランディングの道を選んだ。この頃からAstarは国内企業や業界団体と付き合うようになり、大企業との連携がニュースになるようになった。Astarの実情は惨憺でも、英語もできずgmailアカウントすら作れないJTCのおじさんたちに、Web3を正しく評価することなどできるはずがない。おじさんたちは、外人を率いる20代のエネルギッシュな日本人起業家が次々と繰り出すカタカナの波に圧倒されてしまうが、負けを認める代わりに出資や協力を提案する形で昭和人のプライドを守ったのだろう。名だたる企業とAstarがニュースの見出しに並ぶたびにAstar価格は一時的に上昇するので、一定の価格を維持する効果はちゃんと出た。しかし同時に、ニュースの上辺だけ見て飛びつく質の悪い投資家を呼ぶようになった。
彼らAstar初心者たちはAstarが推奨する通りにdAppステーキングを行った。知識のない彼らの投票先は人気上位のArthswapなどに自然と向かう。まるで堕落した民主主義だった。ポピュリズム的袋小路に陥ったAstarでは、劣悪なプロダクトは淘汰されるどころか、どんどん潤っていった。質の悪いDeFiプロダクトに養分が次々と集まるAstar界隈は格好の潮目になり、botter界隈から魔界と呼ばれる有様だった。
この頃、Web3という言葉が流行り始めた。日経などでもWeb3企業が海外に出て行っているという言説が広められ、インプレスのWeb3本が炎上した頃だ。
兼ねてからマーケティングに成功しつつあったAstarは、そんな情勢を味方にした。日本発のWeb3プロジェクト代表として、日本政府や大企業連合を相手に次々と協力関係を結んだ。Japan as No.1 Againの新聞広告もこの頃だ。メディアもAstarをあたかも世界的Web3成功者のお手本かのように扱い、実態とはかけ離れたブランディング戦略は着々と成功を収めていた。
そう、メディアと業界全体もグルだった。国内Web3業界(主にクリプト系メディアや取引所)は、ずっと政府から冷たい対応を受けてきたため、ここぞとばかりに、ある種Astarを神輿に担ぐかたちで、ええじゃないかとキャンペーンに乗り出した。
クリプト専門家を擁しているはずの彼らがAstarの実態を把握していなかったはずはなかったが、政府に近づく口実に、Web3ならできると見切り発車し、いつか挽回を狙える好機を夢見てAstarポジションを取ったのだ。
さて、仮想通貨のバブルが弾けると、仮想通貨関連アカウントは稼げなくなる。バブル期にインプレッションを伸ばしたインフルエンサーたちは、Astar周りに金の匂いを嗅ぎつけて群がっては、メディアや取引所等からお金をもらうようになる。ポジトークを繰り返すだけの彼らが、ある種のエコーチェインバーを演出したことで、大量の養分投資家がさらにAstarに呼び寄せられた。
重要なのは、この間、”Astarのプロダクト群は一向に良くならなかった”ことだ。かつての流動性が回復しないのはもちろん、新たな主力プロダクトが生まれることもない。にも関わらず、損し続けてもAstarを信仰する忠実な養分たちがdAppステーキングを続けているおかげで、何もしなくてもプロダクト側は潤うことができた。劣悪なプロダクトでも、そんな養分たちを触媒にしてdAppステーキングという仕組みを通せば、永遠にベーシックインカムが保証されているのだ。
そんな状況なのに何故彼らは淘汰されなかったのか。諸説あるが、1つは、すでにそんなプロダクト群と共依存関係になっていたAstarは、彼らの競合プロジェクトを迎えるインセンティブを見出しづらくなっていたのかもしれない。2つは、Astarの実情を知るくらい賢いプロジェクトはAstarに参入する興味すら湧かなかったという説だ。いずれにせよ、エコシステムの多様性がまったくない状況が続いては、投票メカニズムを使った自然淘汰の仕組みなどworkするわけがなかった。
dAppステーキングは"選択と集中"の仕組みであったはずなのに、いつの間にか"忖度とチューチュー"の仕組みになっていた。自由でオープンだったはずのブロックチェーンが、いつの間にか不自由でクローズドなブロックチェーンになっていた。非中央集権であるはずのWeb3が、大企業と政府ぐるみの利権争いの舞台になっていた。
ちなみに、AstarはPolkadotエコシステムではNo.1と宣伝されるが、そもそもPolkadotがクリプト界の過疎地域なのだ。これは誇大宣伝と言われても致し方ないだろう。騙されてはいけない。
その後、仮想通貨バブルが本格的に弾け、今のように冬の時代が続くなかでも、大損した投資家たちは我慢を強いられていた。
そして先日、ポリゴンとの提携が決まる。大手L2との提携は好ファンダのはずだが、多くの投資家の怒りは大爆発した。記事の冒頭で紹介したツイートはそれを代表するものだ。
ポリゴンとの提携は、今までのPolkadotエコシステムを捨ててEthereumエコシステムに移るということだ。それは、惨憺たる今のAstarとその被害者である初期の投資家を捨てて、自分たちだけ新天地に逃げてやり直そうとしているように捉えられた。
Astar側の説明としては、ASTRトークンが無価値にならないように新環境でも何らかの役割は引き継がれるそうだが、まだ具体性には乏しかった。猜疑心がこれほどないほどに練り上げられて、至高の領域に達していた初期Astar投資家の怒りが収まるはずはなかった。
そもそもこれまでもビッグネームとパートナーシップをいくつも結んでいるにも関わらず、Astarのサービスは何も改善していない。その現状を知っている投資家はまた虚無マーケティングかと失望したのだった。誰もが知る企業と協力している割には、Astarは本当に何も良くなっていないのだ。例えば彼らのgithubの進捗は、メンテばかりでビジョンを感じられない。
数日前もあのSonyと合弁会社を設立したがASTR価格は好転しなかった。投資家はもう飽きているし、失望しているのだ。不味いラーメンは、宣伝すれば宣伝するほど逆効果なのだ。
ポリゴン側はAstarではなく、明らかにAstarが持つ日本政府とのチャネルに興味を持っている。米国でSECに刺されている彼らにとっては、日本のような規制が緩い法域の当局に近づくモチベーションは高い。また、Opスタックと競合する彼らは、早急にzkPolygonスタックを広めたいのもあった。つまり、Astarの本質的なところの価値が、ポリゴンとの連携で高められるとは全く思えなかった。
また、新天地に行ったとして、AstarがArthswapやStarlayなどのやらかしプロジェクトを見捨てるとも思えない。彼らはASTRの大株主なのだ。過去のデータを消せないブロックチェーンで黒歴史を無かったことにするには、新しいチェーンを作るのが一番手っ取り早い。今出ている情報だけ見る限り、Astarは外見だけを変えて中身は何も変わらない可能性が最も高い。
追記(9/18): どうやらポリゴンエコシステムからプロダクトを引っ張ってくるらしい。これはポジティブに受け取って良いかもしれない。
日本政府や大企業は、Astarを成功者と見て歓迎ムードだが、本当にこれでいいのだろうか。規制されない金融領域を舞台に、普通ならありえないやり方で起こっただけの偽物の奇跡を、国家戦略に組み込んで再現しようとすることになんの意味があるのだろう。少なくとも税金を使ってやることではない。
国内取引所やメディアにも責任がある。とはいえ、メディアぐるみのpump & dumpは海外にも言えることなので、日本の彼らだけを責めるのは問題を矮小化してしまうだろう。しかし、FTX事件を期に学んだ米国を中心に、そういった構造的問題に真面目に切り込もうとしている動きがある中で、日本は国家戦略だからと目をつむり、投資家保護を考慮せず、行けるところまで行こうとするような態度は、とても国家の未来を考えた姿勢に見えない。
もちろんこの記事はNFAだし、細かい反論の余地は見つかるだろう。しかし、投資家たちがここまで切実な阿鼻叫喚をこだまさせたのは本当に久しい。これを期に日本のWeb3業界が少しでもいい方向へ行くことを願っている。
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