「桜の園」を観て
チェーホフの「桜の園」を観に行かないかと母から誘ってもらったので、演劇好きの妹と三人で観に行った。
妹以外、ミュージカルは時々見るけれども演劇はあまり馴染みのない二人。母は天海祐希さんと井上芳雄さんが出るということで興味を持ったらしい。
チェーホフがロシア人ということ以外、ストーリーも何も分からない状態の私たちに、妹は「チェーホフは喜劇としてこれを書いたのだけれども、基本的に悲劇的に演じられて、とても暗いからそのつもりで」と忠告してきた。
特に井上芳雄さんが出ると聞くと、なんだか歌って欲しい気もしてしまうが、それどころか暗いのか……と思うと、寝てしまわないか少し心配してしまった。
結論から言うと、それも杞憂に終わるほど面白かった!
チェーホフの意図を組んだのか、喜劇的に描かれていたのだ。
物語は農奴解放後のロシアが舞台で、没落した貴族の話である。
長い間、パリに住んでいた女主人(天海祐希)がしばらくぶりに自分の領地に帰ってくる。
その家は借金まみれで、このままだと自慢の桜の園も含め、すべてが競売にかけられてしまう。
元農奴の息子で、今は金持ちになった男(荒川良々)がなんとか助け出そうと女主人とその兄に提案するが、浮世離れした二人はまったく聞かず、だからといって何もしない。
そうこうしている内に競売の日になってしまい、結果的には元農奴の息子であるその男が購入。
そのため一家は家を出ていくことになる、とざっくり言うとこんな話である。
ものすごく簡単に説明したが、とりあえず登場人物がなかなか多い。
それぞれにドラマがあり、セリフもとにかく多い。ということはずっと誰かしらが喋っている状態。
女主人が主人公のようでいて、群集劇となっているので、色んな人の想いが交差し合う。
登場人物たちの関係性がややこしく感じるのではないか、物語についていけるのかとちょっと心配していたが、まったく問題なくすんなり入ってきた。
そして先に書いた通り、喜劇性もあるので、何かしら面白いことが起きて、飽きさせずにずっと集中して観ることができた。
分かりやすい理由の一つに、各登場人物たちの対比がはっきりしているからのように思った。
女主人が夢心地で現実には生きていないのに対して、元農奴の息子は現実を見せる。
女主人の養女がものすごく真面目なのに対して、実の娘は天真爛漫。
女主人の従僕が外国志向で気取っているのに対して、事務員が内向きで不幸体質。などなど。
こうも鮮やかに色んな人物像が描き分けられていると、混じりようがないと言える。
そしてそれぞれの個性がぶつかって、会話をしているものの通じ合ってなさそうなところがまさに喜劇なのだ。
時代についていっていない女主人が、ついには自分が生まれ育った家・土地から追い出されるというのは悲劇的である。
でも時代に取り残されるというのは、傍から見ると残酷までに喜劇的だということを、この劇を通して見せられたような気がした。
また、確かに悲劇的にも描ける劇だと思ったが、それを喜劇色を強めることで、悲劇と喜劇が表裏一体ということを表しているのかなとも思った。
最後に、天海祐希さんは本当に美しくて、出てきた途端に場が明るくなってびっくりした。
井上芳雄さんは、驚きの風貌でまったく気づかなかったけれども、一番滑舌よく声も通って聞きやすかったので、井上さんと判明した後に「やっぱりさすがだな」と思った。
大原櫻子さんは、天真爛漫さがよく出ていて、二階席という遠さだったけれども、可愛らしさがここまで伝わってきた。
荒川良々さんは、正直滑舌があまりよくなく、聞きづらいところもあったけれども、それが役柄にも合っていて、味となっていた。
また、上演されたSkyシアターMBSは新しくできた舞台で、二階でも見やすく良い舞台だった。
つまり総合的にも、非常に楽しく大変満足な観劇体験となった。