とてもしあわせだったオーダーのはなし
2021年の3月末から5月末にかけてお受けした、オーダーメイドの消しゴムはんこ作品についての記録……というより覚え書きに近いものです。
あまりにもすばらしく、うれしい体験をしたので、書き記しておこうと思いました。
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◆すべてのはじまりは、この言葉
謙虚でありたい、と思っていた。
だから作品を見た人に言われた言葉は積極的に受け入れたし、
かなりきつい言葉を投げられたときも、ありがたいな、変わるチャンスだなと、反射的に浮かぶ感情を押し殺してでも、自分の内に入れた。
おそらく、「謙虚」という言葉の存在が大きくなりすぎて、自分に無理を強いている状態だったのだろう。
私は自分への評価や価値がわからなくなっていた。
それは直接、『自分は何ができるのか?』がわからないということに繋がってしまう。
特に2ヶ月前の4月は、オーダーの受け方や料金を整備していた頃合いで、
値段に見合うものを作らなければならない……!!
自分作る物にそれだけの価値はあるのか……?
といった不安や、
工数ってなんだ……?
最低賃金で時給換算してそれを下回らないように……
でも時給にすると料金が高くなりすぎる……
ということは手が遅い……??
という考え事でいっぱいになっていたのだった。
自分の考えが定まらない状態なのだから、他人の意見を聞いて回っても最終的には混乱してしまうのはあたりまえの話だなあと、今振り返っては思う。
その頃の私は自信も知識もなく(知識は今でも不足しているが)、聞いたことを抱え込んでは悩んでいた。
とはいえ、
この2ヶ月間、クジラのオーダーに集中することで上記の悩みの詳細を忘れてしまった。
だが、
クオリティが……値段が……分不相応では……
という「自信のなさ」という呪いに、呑み込まれていたのは確かだ。
そんなとき、クジラの作品をオーダーしてくれた、友人であるひとみさんがくれた言葉は、こうだった。
「作品を作るとき、まわりの声は無視していいと思うよ」
1回目のZOOM打ち合わせの時だった。
彼女は仕事のあいまという感じの環境と出立ちで、私のモニターに映っていた。
本当に多忙そうだなあと、時間を作ってもらったことを少し申し訳なく思うほどだった。
私は言われたことの意味を、必死に考えた。
どういうことだ? と。
まわりの声を聞いたほうが、他者の視点を取り入れられるからいいんじゃないのか?
けれど彼女の言葉に、硬く縮こまった心がゆるむのがわかった。
「ぞのさんのその、"にわぞのフィルター"を通した作品が見たいんです」
「緻密な作品」でも「美しい作品」でも「かわいい作品」でもなく、
私の、私というフィルターを通した世界こそを、見たいのだと。
ひとみさんはそう、言ってくれた。
黒いマスク越しに、彼女の機嫌のよさそうな表情が伝わる。
咎めるでもなく、笑顔でこの言葉を伝えてくれたことが、どれだけ私を安心させたか。
多分彼女は知らないだろう。
確かに、無理をしていたのだ。
考えなければならないこともあったけれど、
意見を受け取り、そしてすべて呑み込もうとしていた。
冒頭で記した「謙虚でありたい」という気持ちが歪んで、
ただひたすらに意見を聞いてしまう生き物になっていた。
そしてそれは、「謙虚」という性質からは遠く離れたものだった。
◆オーダーの内容
話し合った結果、モチーフは『ひとみさんと空を飛ぶクジラ』になった。
参考資料として空を飛ぶクジラのイラストを何点か見せてもらったが、
どれも壮大だったり、なんだかよくわらかないすごい技術(お察しください)で描かれたものだった。
「私はこんなすごいの作れるのか?」と、またもやぐるぐるしはじめてしまったのは事実だ。
けれど引き受けようと腹を決めたのは、なぜクジラなのかを話してくれたからだった。
「クジラは大きくて強くて、やさしい。私はそんな人間になりたい。
もしその気持ちを忘れそうになった時があったら、
この作品を眺めて思い出したい」
……こんなこと言われたらそりゃ引き受けますよ。挑戦してみたくなりますよ。
こんな幸せな迎え方をしてくださる予定なら、最大限の力で取り組むしかないじゃないですか!
さておき。
図案の構図……とかクジラむずかしい……とか、この言葉を聞いたら、どうでもよくなったのだった。
△▲△
ラフ3種類を提出する約束をして、その日の打ち合わせは終わった。
私の去年の展示に出した作品のテーマに「女の子の心に寄り添う動物」という要素があったのだが、そのような意味合いも含めて、自分とクジラを作ってほしいとのことだった。
3種類のラフ~額装までの、完全なフルオーダーなんて初めてだ。
というか額に入れ始めたのも去年の展示からだし、なかなかチャレンジに満ちている……。
だが、引き受けたからにはもうあとには退けない。
全力以上を出すしかない。
文章にすると不安ばかり感じているように読めるかもしれないが、
私はわくわくしていたのだ。
武者震いというか「最高にハイってやつだ」というか。
とにかくこれから、キツくもあるが楽しい制作の日々が始まる予感がしていた。
◆ラフから図案へ
詳細は省くが、3つの提案のうち、
・「箱舟」
・「上昇気流」
このふたつに絞られた。
「箱舟」は、ひとみさんの周りには自然と人が集まるよね、ということから、
群れるわけではなく、自然に人々がついて行く……という意味合いで設定した。
(ただ、今考えるとモーセの箱舟は各種類ひとつのつがいしか乗せなかったので、あんまりよくないテーマだったなあと思う)
結果としては、テーマは「上昇気流」に決まり、私はまずクジラを描けるようにするところから始めた。
Pinterestでザトウクジラの画像を集めまくり、YouTubeでドキュメンタリー動画を見た。
(マッコウクジラやシロナガスクジラより、ザトウクジラのイメージが合っていた)
とにかくあらゆる角度の写真と、どんな動きをするかというイメージを固めたかったのだ。
そのまま描いてしまうと、よくあるポーズのクジラになってしまう。
そうなると全体的に「どこかでみたことのある……」になってしまう気がして、とにかく写真を見まくった。
特にダイビングをしている人がアップしている画像には助けられた。
(クジラと人間の大きさの比較を見るのに最適だった!)
実はひとつのはんこを作るにあたって、手持ちの図鑑は見るものの、
ここまで資料集めをしたことがなかった。
もちろんクジラがあまり馴染みのない動物だったこともあるが、
「動物の外見がわかった!」の上限を、とにかく設けずに探して描き続けた。自主的に図案を書き直すこともあった。
そのなかで、頭を悩ませたのは、構図だ。
これには参考になる本を買ったり、ネット上のTIPSを見たりした。
(本は画材屋でも見かけた「Vision」を読み進めようとしたのだが、
即時に作品に活かすには、おそらく前提となる技法の知識が多少は必要という印象だった)
(日常的に感覚を研ぎ澄ませている人ならば、違ったかもしれないが)
結局はTIPSにあった「三分割法」を使った。
一枚絵を作ることがあまりなかったので、構図の技法や考え方を知りたいと思ったのは、今回が初めてだったのだ。
(はんこは好きなところに捺せるので、使う側にそのあたりは委ねていた)
……理屈や技法の必要性を痛感した。今後はめちゃ勉強せねば。
△▲△
そんな紆余曲折を経て、完成した図案がこちら。
実は未だにスマホの待ち受けに設定しているほどに気に入っている。
ラフの段階から、描いていない時でもチェックできるように毎回設定していたのだが、この図案からまだ変えられないくらいだ。
◆というわけで額に入れたものがこちら
それでは、額に入れられた作品をご覧いただきたい。
◆仕上がりを見ての、私の感想
ほんとうに額装してよかった。
額とマットの効果というか力が、こんなにも大きいものだったとは。
このふたつを付けることで、作品の世界がしっかりできあがるのだ。
昨年の展示「カノジョノ」では、額に合うように作品のサイズを決めていたのだが、今回は額は作品内容のあとに選んだので、また違った感覚だった。
そして何よりマットの存在を、意味を、思い知った。
余白があることで、作品の世界がぐっと濃くなる!
これはうれしい計算外だ。
作品を捺している紙はポストカードサイズなので、はじめはぴったりサイズのミニ額に入れようと思っていたのだが、1500円くらいの差なので相談して、マットを付けて額を組んでもらうことにしたのだった。
大正解だった。
ほんとうに、額装してよかった……!!!!
△▲△
もうひとつ、意外だったものがある。
「私の手を離れた」という感覚だ。
はじめはやり遂げた!という思いばかりが強かったけど、額に収まっているのを見ると、何か不思議な感じがした。
「もう、自分のものではない」
「数日前まで作っていたものとは違う」
それは突き詰めると、
「私の知らない何かが、この中にある」
そういう感覚だった。
初めての感覚に、すこしぞくりとした。
それだけ予想外のできごとだったのだ。
まったく。ものを作るということは、これだから面白いのだ。
◆オーダーだったから、できた
自分だけだったら、こうは仕上がらなかっただろう。
途中で簡略化していたかもしれないし、難しすぎたかなと心折れていたかもしれない。
というかクジラを練習する時点で脱落、あるいはもっと観察の足りないクジラになっていたかもしれない。
オーダーしてくれたのがひとみさんだった点も、大きい。
くり返しになるが、
「にわぞのフィルターを通した作品が見たい」
というひとことが、どれだけ心をほぐしてくれたか。
その説明には、どんなに言葉を尽くしても足りない気さえする。
この作品づくりは、私にとって大きな自信となった。
自分で言うのは野暮だとしても、
この作品を作れたのだから、この先もなんとかなる! という、
言ってみれば夜道を照らす小さな灯りを手に入れた、そんな経験になった。
この灯を消さないように、たいせつにしていきたい。
心底そう、思うのだった。
■告知です■
来年の2022年3/10~3/14に、
東京都の三軒茶屋にあるLUPOPOさんにて、個展をやります。
花と女の子をモチーフに、作品を展開していく予定です。
お近くの方はぜひ、お運びくださいな。
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