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余命は、ずっとある。【5-5】

5

 マリアと一緒に過ごさなくなってから一カ月近くなる。
 自分で決めたことなのに、なんだか心にぽっかりと穴が開いたみたいな気分だった。
 やっぱり俺、マリアが好きなんだな。あの日、手を繋いだ感覚が忘れられない。ああ、ほんとはもっとしたい! 抱き締めたり、キスしたり、色んなこと!!

 だけど……、

 俺は罪悪感ってやつでいっぱいになってた。だってさ、嘘ついて彼女になってもらったんだぜ? そんなの、なしだろ。マリアが好きなのは秋斗なのにさ。
 マリアを愛しいと思えば思うほど、俺のしてることが最低最悪だって思えてきて、どうにも我慢できなくなってたんだ。

「あ、こんなとこにいたんだ、カズ君」
「マリア、」
 放課後、委員会に出てる友達を待って教室のベランダで外を眺めてた俺のところに、マリアがやってきた。ここ最近は気軽に話をすることさえなくなってた俺たちは、なんだか顔を見るだけで気恥ずかしいような、切ないような、おかしな感情に支配される。

「なんか、用?」
 思わずつっけんどんな態度をとってしまう。マリア、傷つくかな。
「うん。話がある」
 俺の心配をよそに、マリアはしっかりとした口調でそう言い、俺の隣に来た。やばいって。あんまり近くに来られると、俺…、

「あの……さ、」
「うん」
「なんか、こうして話すの、久しぶりだよね」
「あ、うん」
「先に聞いておきたいんだけど…さ、カズ君て……私のこと、もう好きじゃなくなった…のかな?」
 いきなりそんな風に言われて、俺は動揺してしまう。なんでそんな、
「そんなわけないだろっ、俺はマリアのことがっ、」
 そこまで言って、口を閉じる。

 好きだ。
 ずっと好きだったし、これからも好きだよ。だけど、俺、嘘ついてる……。

「私ね、」
 マリアが押し黙った俺の代わりに口を開いた。じっと前を見て、強い目で。
「私、カズ君が余命いくばくもないって話してくれて、それから私のこと好きって言ってくれて、彼女になって、って言ってくれて、一緒に帰ったり、お出掛けしたり、手、繋いでくれたり……すごくね、嬉しかった。私、浅川君が好きだって言ってたじゃない? でもさ、なんか…カズ君と一緒にいるうちにね、なんだかもう、浅川君なんかどうでもよくなっちゃって、その、私、カズ君のこと、」
「え?」
「優しいし、面白いし、いっつも私のこと大事にしてくれてさ、そういうとこずっと見てたら、心地よくって、楽しくって、いつの間にかカズ君のこと……大好きになってて」
「え、えええ?」

 ちょっと待って、マリア、今俺になんて言った? 好きって……言った?

「なのに急にカズ君が冷たくなって、一緒にいてくれなくなって。私、悲しくて」
「ごめん!」
 俺、マリアに酷いことを…、

「あ、ううん、ちゃんと聞いて。私も悪いの。カズ君が死んじゃうこととか考えてさ、いなくなっちゃうのわかってるのに好きって言うのが……怖かったっていうか、勇気出なかったって言うか。だって、私カズ君がいない世界なんか想像できないし、そんなの嫌だし!」

 ああ、あああああ神様!!

「それで、自分の気持ちに嘘ついて、カズ君のこと傷付けた」

 俺はバカだ! なんてバカなんだ!!

「違うんだマリア!」
 俺はマリアに向き直り、声を張り上げた。
「俺が悪いんだ! 全部俺のせいなんだよっ」
「どうしたの?」
 俺の剣幕に、マリアが驚いた顔をする。

「俺、嘘ついてたんだ。マリアが秋斗のこと好きって聞いて、つい、口から出まかせで言っちゃったんだよ、あんまり長くない、なんてさぁっ」
 ああ、とうとう告白してしまった。これでもう、終わりだ。俺はマリアから嫌われるんだ。二度と口もきいてくれないかもしれない。でも、もう嘘はやめだ。

「どういう……こと?」
「だから、俺、病気なんかじゃないんだよっ」
「えっ?」
「ただちょっと、マリアの気を引けたらって思って。俺のこと、気にかけてもらえたらって思ってつい。本当に、ごめん」
「……死な…ない?」
「今のところ、予定はない」
「ほんと…に?」
「余命なら、ある。今のところ、ずっとある。まぁ、事故とか、これから先のことはわかんないけど」

 そっか。事故や事件に巻き込まれたら、別に病気じゃなくても死んじゃうことだってあるんだよな。

「……死なない…のね?」
 マリアが目に沢山涙を溜める。今にも零れ落ちそうだ。
「ごめん。同情でもいいからマリアと付き合いたかった。でも一緒にいればいるほど、どんどんマリアのこと好きになって、そしたら嘘ついてる自分が許せなくなって、それで、距離を置こうと…、」
「ふぇぇぇ…、」
 マリアが泣き出してしまった。ああ、どうしよう。泣かせちゃった!
「ごめ、」

「カズ君のばかぁ!」
 マリアが俺に抱きついてくる。え? ちょ、なにが起きてんのっ?

「私、カズ君が死んじゃったらどうしようって、ずっと不安で、悲しくて、私、カズ君のこと……大好きなのにっ。死なないのねっ? これからも元気で、私っ、うわぁん」

 俺に抱きついて泣いてるマリアを、俺はただビックリして、どうしていいかわかんなくて、でもなんだかすごく可愛くて、愛おしくて……。だからそっとマリアの背中を抱きしめてみた。

「俺、死なない! 俺もマリアが好き、大好き! ずっと好きだったし、今も好きだし、これからも好きなんだ! ずっと一緒にいたい! だから、ごめんっ。俺のしたこと許さなくてもいいから、俺と一緒にいてほしい。これからもずっと、ずーっと!」

 半泣き状態で、告白する。

 俺たちは、教室のベランダで泣きながら大声で告白し合って、抱き合ってたんだ。注目を浴びるの、当然だよな。

「おめでと~!」
「ヒュ~!」
「そんなとこでイチャついてんじゃねぇよ!」

 いつの間にかギャラリーが出来てて、校庭から沢山の生徒が俺たちを見て、ヤジを飛ばしてた。

「うわ……、」
「やだ、なにこれっ」
 俺とマリアはとりあえず離れた。困った顔をしているマリアの手を、俺は迷わず握る。そして校庭にいるギャラリーに向け、高く掲げると、ありったけの声を出した。

「俺は~! 桐野マリアが大好きだっ~!」

 自棄ヤケになっていたわけじゃない。どちらかというと、俺の頭はすごく冷静で、冴え渡っていると言ったほうがいい。俺はこの瞬間、マリアへの愛をどうしても叫びたかったのだ。
 そしたら、

「……私も! 新村一樹が、大好き~!!」
「えっ?」

 さっきまで泣いて、困った顔をしていたマリアが涙を拭いて、同じように叫んだのだ。

「あははは」
 気付けばマリアは笑っていた。
 俺も、そんなマリアにつられて笑った。
 校庭からはより一層沢山のヤジが飛んでいたけれど、なんだか清々しい気分だった。


「これ…、」
 教室に戻ると、マリアがポケットから指輪を取り出した。
「あ!」

 それはあの日、水族館で買ったものだった。いつの間にかなくなってて、まさかマリアが持ってたなんて。

「水族館、また一緒に行こう。それで、あの、クラゲのとこにも」
 ちょっと恥ずかしそうに俯くマリア。ああ、マリアも知ってたんだ。クラゲのジンクス。
「うん、行こう! 俺、もう一度ちゃんとマリアに告白したい!」

 俺はマリアの手を握った。

 それから、俺たちはじっと見つめ合った。顔と顔がどんどん近付いて、それで……、

 これぞ、嘘から出たまこと、ってやつだよ。
 な?

~FIN

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