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余命は、ずっとある。【5-1】

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「こんなこと言うのはズルいかもしれないけどさ、俺、あんまり長くないんだよね」
「長くないって……えっ?」

 そりゃそうだよな。急にこんなこと言われたら、そういう顔しちゃうよな。俺、すんげぇズルいし最低なことしてるってわかってるんだけどさ、でも、同情でもなんでもいいから、どうしても振り向いてほしいって思っちゃったんだよ。

「あ、ごめん。なんか、嫌な言い方だよね、こんなの。同情買うみたいで」
「本当……なの?」

 うわ! やっば! ウルウルの瞳から涙こぼれそうになってるじゃん! めっちゃ可愛いんだけど! ……じゃない、嘘ついて泣かせるなんて、俺マジで最低だな。

「多分、一年……とか? ま、でも人間っていつかはみんな、」
「そんなのっ!」

 え? なになにっ? なんで俺、抱きつかれてるのっ? ええ? ヤバ、めっちゃ柔らかい……じゃなくって!

「そんなの酷いよっ。私たち、まだ高校生なんだよ? それなのにっ」
 いよいよもってマズい。俺の出まかせ、今この瞬間から真実味を帯び始めた。
「私…、私に出来ることあったら何でもするからっ、独りじゃないからっ。ね?」
 目を真っ赤にして俺を見上げるその顔があまりにも可愛くて、つい、俺は出来心で、

「マリアが好き」
「えっ?」
「あっ」

 心の声、駄々洩れてた!


 事の発端は……遡れば幼稚園くらいまで戻ることになるのか。俺は初恋ってやつをした。隣の家の、女の子に。可愛くて、優しくて、大好きになった。でも幼稚園時代の恋なんてあってないようなものだ。その「隣の家の女の子」は小学校に入る前に引っ越してしまったし。

 ところが、だ。

 高校で、俺はその女の子と再会することになる。彼女の名前は桐野マリア。しかも同じクラスで席は隣同士。昔話も相まって、俺はマリアとすぐに仲良くなった。そしていつしか俺は、淡い初恋の、あのトキメキを再熱させていたのだ。

 が…、

『話があるの』

 そう、マリアに呼び出しを受けた俺は、ハッキリ言って大きく勘違いをした。そりゃそうだろう。仲のいい女子から呼び出されるってことはつまり、ねぇ?
 だが、マリアから発せられたのは俺への告白ではなくて、

『私、浅川君のことずっと好きでね』

 という、恋愛相談だったのだ。

 ちなみにこの、浅川秋斗あさかわあきとは同中で俺と仲がいい。なんと中学校時代、二人は同じ塾に通っていて、知り合いだったのだ。その頃からの片思い……。浅川目当てでこの高校を選んだのだとマリアが言った。

 浅川秋斗は、いいやつだ。俺が言うのもなんだが、頭はいいし面倒見はいいし、顔だって悪くない。女子に対しては少し人見知りっぽい一面もあるが、慣れれば喋るし、王子様キャラではなく、なんというかこう、リアルな感じがいいと思う。
 だから、マリアが浅川秋斗に片思いしてるって聞いた時も納得できたし、友人としては鼻が高い気もした。二人が付き合ったらお似合いだろうな、って素直に思ったし、なのに、どうして俺は……。

「そっか…、マリアも秋斗か」
 意味深な感じでそう口走っていたのだ。

「え? 私も、ってなに? 他にもそういう子がいるの?」
 ライバル出現かもしれない俺の発言に慌てるマリア。俺は意味ありげに微笑むと、小さく首を振って続けた。
「いや、そうじゃなくてさ。なんか俺、いっつも秋斗目当ての女子に呼び出されてるなぁ、って思って」

 弁解の余地があるならば、これは全部が嘘なわけではない。確かに中学時代、秋斗のチョコを渡したいって女子に呼び出されたことがあった。一度だけだったけど。

「そう…なんだ、」
 急にマリアが申し訳なさそうな顔になる。
「秋斗がモテるのはわかるよ、あいつ、いいやつだしさ。でも……なんか世界はいつも平等じゃないよなぁ、って思ったりしちゃうんだよな」
「……どういう…意味?」
「残された時間考えたらさ、俺だって人生一度くらい好きって言われてみたいな、とか」
「え?」

「こんなこと言うのはズルいかもしれないけどさ、俺、あんまり長くないんだよね」

 冒頭に戻るのである。


「このことは誰にも言ってないんだ。だからさ、」
「うん、わかってる。私とカズ君だけの秘密にするっ」

 俺、新村一樹にいむらかずき

 初恋相手に二度目の恋をした。そして、人生において最低最悪の嘘をついたところである。今はもう、後悔しかない。

 でも、こうして二人だけの秘密、なんてやり取りが出来るのはなんだか嬉しくもあり……とことん最低な男だと思う。

 俺は高校に入ってすぐ、マリアの存在に気付いていた。隣の席に座ってその横顔を見た瞬間、思い出したからだ。幼稚園の頃の記憶なんておぼろだと思っていたが、彼女はあの頃と変わらぬ可愛さだったし、名前を見て一瞬で記憶が戻ったのだ。だから、
「もしかして……マリア?」
 なんて、いきなり名前呼びをしてしまう。でも彼女は嫌がる風でもなく、俺の名前を見て同じように
「え? カズ君?」
 と、当時の呼び方で呼んでくれた。それからずっと、お互いを「マリア」「カズ君」と呼び合っている。

「ねぇ、何の病気なの? お薬はちゃんと飲んでる?」
 心配そうに俺を覗き込むマリア。
「あ、うん、まぁ。病気のことはさ、あんまり話したくないっていうか…、」
 俺は適当に誤魔化した。ボロが出るのを防ぐためだ。しかしマリアはそんな俺の嘘を信じて疑わず、
「そうだよね。ごめん。何も言わなくていいよ。それよりさっきのって…、」
 と、少し顔を赤らめた。

「あ、その、ごめん。俺さ、マリアが初恋の相手だったの。で、まさかの再会果たして、改めて、やっぱり好きだな、なんて思っちゃってて。呼び出された時も、もしかしたら、なんて期待しちゃってさ、馬鹿だよな、ほんと」
「そんなっ。私こそ、そんなカズ君の気も知らないで酷いことしちゃってごめん。まさかそんな…私のことそんな風に思ってくれてたなんて思ってもなくて」
 恥ずかしそうに視線を落とす。嫌がられてないことが分かって、安心した。

 いや、安心してる場合じゃなかった!!

「あ、でも気にしないで! マリアは秋斗が好きなんでしょ?」
「それはっ、それは……忘れて」
「え? だって、」
「ううん、いいの! 私、カズ君の力になりたい。ね、私に出来ること、なにかある?」

 真剣な眼差しで言われ、俺はたじろいだ。嘘で塗り固めた俺の告白をまどかは真剣に受け取ってくれているのだ。こんなの、間違ってる。間違ってるんだけど、

「こんなお願いするのってどうかと思うんだけど……俺の彼女になってくれない?」

 とんでも発言をしてしまうのである。

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