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リベンジ面接

「きゃははは」
 喫茶店に、友人の声が響き渡る。

「ちょっと、声が大きいって!」
「ごめん! だって、片眉で面接ってアンタ!」

 先日、私はバイトの面接に行ったのだ。しかし、家を出る直前にかかってきた営業電話のせいで時間がギリギリになってしまい、慌てて家を出たら眉毛を片方しか描いていなかった、というトンでもない失態をおかしていた。

「で? 受かった? 落ちた?」
「勿論落ちた。面接官、始終変な顔して私を見てたもん」
 面接落ちたのは絶対あの営業電話のせい!
「それでこれからリベンジかぁ」

 そう。
 私はこの後、別の面接に向かう。今日はきちんと起きられたし、メイクだってバッチリである。

「頑張っておいで!」
 友人に鼓舞され、私は面接会場に向かった。


 イベント会社での受付の仕事とあって、時給も悪くないし、仕事は楽そう。
 面接会場に着くと、待機している複数のライバルたち。
「これから二人ずつ面接いたします。順番にどうぞ」
 案内され、中へ。

 私と一緒になったのは、少し年上っぽい女性だった。

「イベントの受付には色々な方が、色々なことを言ってきます。うまく受け答えできるか、実戦で見せていただきますのでよろしくお願いいたします」

 まさかの実践!
 アドリブに対応できるかが勝負である。

 のど自慢大会の予選会場での受付、というお題を出され、まず一人がお客、一人が受付役をする。後に交代で同じように受け答えをするというものだ。まずは私が受付役。こう見えて、順応性はある! やってやろうじゃない!

「あの、こちらが受付ですか?」
 相手役の女性がそう言って近付いてきた。
「はい、そうです。まずは出場者様用のIDとパスワードをこちらに記入いただいて、」
 マニュアルの通り、進めようとすると、

「予選を受けずに本選に行く方法ってないですか?」
 女性がとんでもないアドリブをかましてきた。
「えっと、お客様、それはさすがに無理かと思います。皆さんきちんと予選から、歌っていただいてますので」
 ま、こんな変な客もいないとは言えないもんね。私は何でもないフリで応対を続けた。

「天国のっ、おばあちゃんにっ!」
 急に相手が声を張った。

「へ?」
「私、どうしても天国のおばあちゃんに届けたいんです! 歌をっ!」
 おいおい、両手広げて、なんでそんな大袈裟に喋ってるんだ。
「いや、ですから、」
「とりあえず、聞いてみません? 私の歌声!」
 えええ、なにこれ、面倒くさい……。

「いえ、私が聞いても意味がないというか、」
「私の歌声にあなたが感動してくれたなら! ……私の歌声は、本物」
 ミュージカルみたいだな。
「ですから、とりあえず予選を、ですね」
「おばあちゃん! 私、おばあちゃんに届くよう、一生懸命歌うから!」
「歌うな!」
「とりあえず、聞いてください! お願いします」

 女性は空に向かって十字を切ると、おもむろに歌い出す。

「わたしの~おはかの~まぁえで~なかないでくださいぃ~」
「いや、それおばあちゃん側の歌だし!」
 思わずツッコミを入れると、女性が急にパッと面接官たちを捉え、
「ありがとうございました~!」
 と、お辞儀をした。

 面接官たちは、何故か大爆笑。私だけ、意味がわからない。

「いやぁ、面白いね君たち! もう組んで長いの?」
 一番端の、多分偉い人がそう訊ねてくる。
「いえ、さっき初めてお会いしました。でも、なんだかいける、って気がして」
 女性がはにかみながら言う。

 いや、はにかむとこじゃないし!

「うん、いいと思う! この子たち使ってみようよ」
 偉い人がそう言うと、他の面接官たちも各々頷き合う。
 あれ? 交代しないの? 私のターンはなしでいいの? てか、採用って言った?
「じゃ、来月の本番までに、三本くらい用意してきてね」
「はい!」
 女性が元気に返事をする。

 来月の本番、とか、三本、とか……何の話をしているのかわからない。

「あの、どういうことなんでしょう?」
 恐る恐る訊ねると、女性が言った。
「申し遅れました。私、早川凛子です。今日からよろしくお願いいたします!」
「……早川?」
 私、何かを思い出す。思い出したくなかった、何かを。

「村瀬さん、未経験? でもよかったよ、村瀬さんの、間!」
 偉い人に褒められる。

 は? なにを褒められたんだ?

「コンビ名、どうする?」
 偉い人、更におかしなことを口にする。

「そうですねぇ、”早”川と”村”瀬なので『ハヤムラ』でどうですか?」
「そのまんまかーい! じゃないわよっ。なに? コンビ? は?」
 思わず突っ込んでしまう私を、嬉しそうに見つめ返す早川。

「いやぁ、これは来月が楽しみだ。じゃ、よろしくね!」

 こうして、面接が終わった。

 私は採用された。
 新人お笑いオーディションに受かったのだ。

 どこでどう道を違えたのか……スマホで面接会場を確認すると、〇〇ビル三階となっている。そしてここは……四階だ。
 そこはせめて、”五階”ではないのか?

 私は、なぜか見も知らぬ女性とコンビを組むことになったのである。
 面接には受かったのだ。

 ……とりあえず。

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