マジで出掛ける3分前
私には三分以内にやらなければならないことがあった。
身支度を整え、家を、出る。
次の電車に乗らなければ、完全に遅刻だ。
こんな日に限って昼まで寝てしまうなんて……。
私は慌てて顔を洗い、メイクをする。
三分しかないのだから、塗ってるうちに入らないようなテキトーメイクになってしまうが、仕方ない。描いたって描かなくたって、大して変わらないのだからこの際どうでもいいだろう。
眉毛を片方書き終えたところで、電話が鳴る。
何だってこんな時に!
私は慌てて電話を取った。
「もしもし?」
「こんにちは~! 私、ミチガエリ化粧品の早川と申しますが、この度お客様だけに特別料金で我が社イチオシのオールインワン化粧品、その名も『これ一本で生まれ変わった私になる、オールインワン奇跡のクリーム』をお買い求めいただけるキャンペーンのご案内でお電話いたしました~」
長い!
色々、長い!
電話になど、出なければよかったのだと思いながらも、出てしまったものは仕方ない。
私は、今までこの手のセールスに決まって使う、技を持っている。今日もそれで乗り切ることにする。
「おかーたんは、いま、いましぇん」
名付けて
『お留守番作戦』
である!
大概の場合、これで相手は引き下がる。子供相手にセールスは出来ないのだから。
だが、今日の相手は違っていた。
「あらやだお客様、そんな可愛い声も出せるんですね! すごいです~! ……それでですね、このクリームなんですが、」
通じてない!!
いや、普通は嘘だとわかっても相手に合わせるものだろうに!
早川、といったか。
こいつ……デキる。
しかし、だからといってこちらとて負けていられないのだ。
私は怯むことなく、続けた。
「えっと、おはなし、わかんない」
お留守番作戦続行である。
だが、
「ええ、わかりました。可愛い声ですよぉ。うん。……それで、この商品の一番の売りが、」
やめねぇのかぁぁぁぁぁ!
私はそう叫びそうだった。
もう、残された時間は残り一分。
降参だ。正直に話すしかあるまい。
「ごめんなさい、ちょっと今急いでて」
私は正直に言った。
にも拘わらず、
「あら、そうでしたか! では、『巻き』でいきますね! そしてこのクリームを塗り続けて一月経ちますと、」
ちょっとだけ、早口になっている。
そうじゃない!!!
礼儀ってものがあるから、今までどんなセールスにもやったことがなかったけど、これはもう、相手をするだけ無駄だ。
私は大きく息を吐き、告げた。
「切りますね」
すると、
「いやぁぁぁぁ! 切らないでぇ!」
電話の向こうから聞こえる絶叫。さすがにビビる。
「私、なんとしても契約を取らないとクビになっちゃうんですっ。お願いしますから話だけでも聞いてぇぇぇ!」
相手も必死だ。
しかしもう、リミッターは振り切れている。
あとは駅までの道をどれだけ短縮できるか。走ればあと2分は稼げる。
「あの、私も困るんですっ。今日、アルバイトの面接があって、」
「ああ、お時間ない時ってありますよねぇ。そんなときにも、弊社のオールインワンクリームがあると大変便利に使っていただけ、」
まだ続くんかーい!!
私は電話を切った。
そして鞄を手に、急いで駅へと向かったのだ。
面接には間に合った。
だが、私の眉は、片方しか描かれていなかったのである……。
了