見出し画像

理不尽な世界 ― エピソード③ ― ミラー

フリーランスの庭師です。
これから書く内容はフィクションです。

前作、前々作は下記をご覧下さい。


〖理不尽な世界 ― ミラー〗


近所に信号の無いT字路がある。

道幅はそんなに広くはなく、車もそんなに通らないのだが、見通しがあまり良くないのでミラーが取り付けられている。

だが、ミラーがある割によく交通事故が起きる。車がスピードが出せる場所では無いので、今のところ死亡事故は起きていないようだが。

つい最近も事故が起きた。乗用車が自転車に乗った男性にぶつかってしまったのだ。

たまたまその場を通りかかった時に、車の運転者と警察官が話しているのが聞こえた。


「ちゃんと前を向いて運転してた?」

「よそ見運転なんてしていませんよ。」

「じゃあ一時停止しなかったんでしょ。」

「いや、ちゃんと一旦止まりましたよ。ミラーを見たんですけど、誰もいなかったんですよ。」


時間は午前10時過ぎ。朝日や夕日で見えづらい時間ではないし暗い夜でもない。走ってくる自転車が見えない訳がない。

しかも自転車を運転していたのは年配の男性なので、スピードを出してT字路を通ったはずもない。

警察官も私と同じように思ったらしく、「そんなはずはないだろう!」と運転手に少し怒り気味に言った。

でも、警察官はこんなことを呟いた。

「この前の事故のときも、運転手は同じような事を言ってたんだよな。う~ん…。」

不思議な話ではあるが、ぶつけられた年配の男性に大きな怪我はなさそうだし、怒っている様子も無い。不幸中の幸いである。

まあ運転手が見落としたんだろうと思い、私はその場を離れた。


数日後、ぶつけられた年配の男性と偶然出くわした。何となく私は話しかけてみた。

「こんにちは。この前の事故は災難でしたね。お身体は大丈夫ですか?」

「ええ、かすり傷だから大丈夫ですよ。自転車も壊れてないし。」

「失礼ですが、あの時ミラーを見ました?」

「ミラーは見たんですが、車はいなかったんですよね…。突然車が現れた感じで私も驚いたんですよ。おかしな話ですよね。」


確かにおかしい。双方ともに相手がミラーに映っていなかったと言っている。

そんなことがあるのだろうか?
映るはずの物が映らない。

ミラーが嘘をついている?
魔女が持つ鏡のように『鏡の精』がいたずらでもしたのか?

馬鹿馬鹿しい。そんなことは起こり得ない。

私は年配の男性に挨拶をして、ミラーを背に歩き出した。

すると後ろから「またね。」と声を掛けられた気がして振り向いてみた。

誰もいない。

ミラーを見てみた。

ミラーの中で『私』が怪しい笑顔で手を振っていた。

それ以来ミラーを信じなくなった。

世の中は理不尽だ…。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?