下赤塚散歩。2022/01/28

どうして皆、本音を言わないの?

今日も悪夢スタート。どうも最近イライラしたり考え事しがち。「やらなきゃ」と思うことが増えてるからかも知れない。間近に迫っている引っ越しのアレコレもその1つ。

考え事すること自体は悪くないし楽しい。今仕事何してる?と聴かれたら無職の僕は「考え事してる」と答えるだろう。金にはならないが、散歩と煙草が進む。

夢の中で僕は友達と喧嘩していた。

あるコミュニティ内で人の意見に対して「それはこうでしょ?馬鹿じゃないの!?」と食ってかかった僕に友達が横槍を入れて来た。

「友達の輪やぞ!」

それに対する僕の言い分はこうだ。

夢の中の話です

つまり、これは前提がちゃう。

友達なんかじゃない。
そして論点もそこじゃない。
「輪(和)」をどないすんねん、という話を夢の中の友達はしたのだろう。

寝たハズなのに疲れてしまったので、いつものコンビニで煙草を吸ってそのまま散歩することにした。


下赤塚散歩。

あまり個人情報を載せるのはどうかとは思うが、もうすぐ引っ越しするので晒すと、東武東上線の下赤塚駅が僕の最寄り駅だ。

東京大仏を駅の観光名所な感じで祭り上げてはいるが、有名ではないし駅から1.5kmほど歩くので注意されたし。

奥に見える大仏様
ででーーん

ありがたや、ありがたや。

さて帰りましょうかね?と思ったところに観光案内板。

ここに越してきて3年。こうして見ると、紹介されてる場所ほとんど行ったことがある。散歩が趣味のウチの子と二人で、そこを目的地にしたわけでもなく、ただ色んな所を歩きたくて歩いていたら網羅していたようだ。

…と思ったら!?

な、なんぞこれは!?

乳房大神!!?


これは行くしか。

テンション上がってセブンイレブンで唐揚げとチューハイを買った。

喰ってから撮るスタイル
梅祭り会場近くのベンチ
煙草を吸いながら
向かいのベンチの辺りで子供達が遊んでいたのを撮りたかったが怪しいので居なくなってから撮った。

ここの公園は小高い丘になっていて、古城跡なんかもある。僕はたぶん城下町に住んでいる。ハザードマップ的にも優良物件だと思うのだが板橋区なので安い笑。

丘から一旦降りる形。

この辺りはアップダウン激しくウチの子がぶーぶー言ってたことも思い出す。グルっと周って降りる道を避けて、通ったことのない階段を降りてみることにした。こういう小冒険もウチの子は嫌うので、一人の今は良い機会だ。

先が見えてなかったのだが、階段を降りた所で舗装工事か何かをやっていた。三角コーンで区切られた、コチラ側が現場。

「あ、中、入っちゃうんだ。」

呟いた僕の声に、階段に座ってコーヒーを飲んでいた作業員が気付き

「あぁ、ごめんなさい、大丈夫ですよお通り下さい。」

と立ち上がって三角コーンに渡した棒を外してくれた。

こういう時、前までの僕だったら無言でペコペコしながら通っていた。なんなら冒頭の「入っちゃうんだ」も口に出さず、足音でアピールしていただろう。

「あぁ、こちらこそ恐れ入ります、休憩中にごめんなさい。」

そういった会話をもう一往復させながら通り過ぎた時、なんか、久しぶりに仕事したなぁという気分になった。気持ちが良かった。

その先は知らない道。

知らない道を歩くのが好きだ。散歩の醍醐味。もしかしたら人生もそうかも知れない。そして意外と同じ場所に到達したりする。

見覚えのある神社。

一度だけ、来たことがある。在ることも忘れていたが、間違いなく来たことが、ある。

写真を撮り忘れたが木が植えられた参道が綺麗。一本だけ弱ってしまったのか切り落とされていたのを撮った。

目的の乳はすぐそこに在った。

隣には木が祀られている。

どういうことかしら?

怪談?言われてみると不気味かも

碑の隣に腰掛けて。

怪談話を読みふけっていると、犬の散歩をしている人の犬が寄ってきた。大丈夫ですよオーラを出すべく、笑顔で犬を見る。
「あぁ〜ほらダメだよ〜」と飼い主さんは言うが「かわいいねぇ」と声をかけると満更でもなさそう。なんかイケる気がして聴いた。「触ってもいいですか?」「いつも撫でて貰う人さがしてるんですこの子」笑顔で了承してくれたので頭を撫でると犬はお座りした。「あはは、お座りまでしちゃって、かわいいねぇ」「そうなるともう動かなくなっちゃうんです笑」「ほら、早く行かないと、ね?バイバイ笑」と僕が言って飼い主さんが軽く引くと2歩進んで、また座った(笑)「ほら、行くよ」と僕は怪談を読むのを諦めて歩き始めた。飼い主さんは御礼を言ってくれた。

たぶん、人生初。散歩する人の犬を触らせて貰ったの。小さい頃はあったかもだが。このコロナのご時世に。

僕の中で何かが変わっている。

人当たりが、良くなっている。

これはただの躁状態かも知れんし一時的なものかも知れん。儀礼が身に付いてるとも思わんし気持ち悪い動きもしてると思う。

それでも人を笑顔に出来るならそれは良いことなんだろう。

今までは、なぜ出来なかったか。

おそらく今朝みた夢が原因だ。「どうして皆、本音を言わないの?」だ。

いきなり本音を言えば攻撃を受けるってことを僕は経験で知っていたんだ、きっと。

儀式・儀礼があれば、人当たりは怖くなくなるのかも知れないな。
(本当に怖いのは腰が低い人だよな。)

そんなことを思った。

友達を作るにも儀式儀礼は必要。

でも儀礼をやってるうちは友達とは言えない。そうすると友達など一人もいないとなる。人は皆、孤独。ならどうするか?仲間が必要。鏡が必要。何かが必要。


最後に。

「ジジイ」と呼ばれている僕が「じじいちゃん」「おじいちゃん」と呼ばれていた頃、二人で見つけて大爆笑した小料理屋さん。

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