「わたしは人類」へのオマージュ
「そこに言葉があった」
母音が4つである
わたしたち生命の
塩基配列は暗号化される
それはコドン変換の和音である
暗号化の規則は皆等しく
われら生命は共通言語を有している
全ての命の共通の遠い祖先よ
あなたの声でわれら生命は形づくられている
そこに人類はなかったが
長い時を経て
今、人類は存る
そして長い時が流れ
果てに人類はいなくなるけれど
伝言リレーは果てしなく繰り返される
その際に変異は起こり
繰り返される致命的なミスにより
生命は消えない傷を追うが
しかし矛盾として
時に新たな言葉を生み出した
固有の種を形作るのは
変異の末に獲得した長大なる言葉の列
それがわれらそれぞれの物語であった
われらは言葉で出来ている
それは法則に近く
導かれる数式に寄り添う
文字よりも和音に近く
形よりも振動に親しい
この星の
色/響き/香り
そして手触りという4進法により
われらは外界を知覚する
それらは和音となって
われらの世界に満ちている
「最後の人類へ」
最後の人類は
家族であってほしい
恋人たちであってほしい
きっと生き残っているのは
生命の力の最も強い一組であってほしい
滅ぶときにたった一人ではなくて
共に誰かと苦痛なく滅びを迎えてほしい
そして
やがて止まらない未来へ
遠く果てしなく遠いその先に
次の知性へと受け渡すための
人類の生きていた証しとは
形を超えたもの
変異の行く末へ
明日という名の変異へ
ひたすらに向かっていたということ
わたしたちの変異の形
46億年を超えて
そして
最も古い記憶が引き継がれる
人類から残るものへ
しかし
言葉は死に絶えるだろう
だからこの詩は意味がないけれど
もしも声を残せるならば
音を生き残らせることが出来る
シアノバクテリア一種である微生物の中に
バイナリ信号を記録して【※1】
楽曲情報の保存が可能だと
実証されている【※2】
デバイスはやがて生命へ還るだろう
われらという形なき鼓動が
データのかたまりとしていずれ記録しえる時がくる
生体デバイスの中で直接に浮かび上がる【※3】
それは調べであり
風景であり
何故か懐かしい声であり
失われた動きであるだろう
宿主は原始的な生命だ
原初のライブラリは果てしなく増殖する
個のデータを含む
或いはアメーバ
或いはバクテリアが
長い時を経て変異を遂げる
果てに新たな知性が生まれるだろう
人類のいなくなった
遥か未来の原初の海で
進化が始まる
大いなる言葉が再び新たな知性を導くだろう
そのものたちの生命の中に含まれている
いなくなったわれら人類の個が因子として
あるいは活性し
あるいは不活性のままで
面影とも呼べない不確かさのままで
もしかすると
ミトコンドリアのように生き残るのかも知れない【※4】
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【※1】DNAのバイナリ変換について
コドン変換のための遺伝子変換表は、[U/C/A/G][U/C/A/G][U/C/A/G]の塩基配列4文字3桁から出来ている。つまり、4進数3桁→2桁の2進数[バイナリ]x3桁=6bitへ変換できる。
【※2】『地上に古くから生息するシアノバクテリアの一種である微生物「シネココッカス」の塩基配列を用いてポップミュージックを制作し、さらにその楽曲情報をコドン変換して長いDNAシークエンスの設計図にし、 人工合成したDNAをこの微生物の染色体に組み込んで『わたしは人類』とする。 これは、”人類滅亡後の音楽”をコンセプトにしたプロジェクトであり、 新しい音楽――伝達と記録、変容と拡散――の形を探る試みである。
この音楽をDNA情報にもつ遺伝子組換え微生物は自己複製し続けることが可能である。いつか人類が滅んだとしても、人類に代わる新たな生命体がまたその記録を読み解き、音楽を奏で、歴史をつなぐことになるだろう。』やくしまるえつこ『わたしは人類』公式より
以下は推察です。
(遺伝子工学に詳しくない(そもそも科学にほぼ無知です)ので、雑です。ご容赦下さい。)
やくしまるえつこさんは、【※1】を用いて、①~④を行ったと思われる。
①シネココッカスのDNAの一部を取り出す。
②選択した塩基配列の部分に音を当てはめて曲を作成(アミノ酸配列は4音より成る和音)
③楽曲情報をデータ化して、6bitごとに4進数に変換→コドン変換して、書き換えたDNAをDNAの一部としてシネココッカスへ組み込む(方法は知りませんが、手作業だと思うので大変)。
④クローン培養して、コピーを複製して「わたしは人類」として保存。
以上
そして、この楽曲情報を保持するシネココッカスは、人類が滅亡した後になんらかの方法で音曲が再生されたとき、「わたしは人類、はじめまして」と名乗り、挨拶をする(歌詞より)。この、「微生物のくせに人類を名乗る」と、いうシニカルでユニークな試みこそが、やくしまるえつこさんがやりたかったことらしい。そして次の知的生命体は、人類という存在がいたのだということを知る。この歌に含まれるその想いを通じて、彼らもまた何かを感じ、彼ら自身の存在の証を後に残そうと考えるかもしれない。そのように想いが伝播すれば、素晴らしいと思う。
【※3】生体デバイスについて
未来では、人間の想起するイメージが脳内に記憶されるロジックが解明されているだろう。イメージを信号化して記録出来れば、それを直接脳内へフィードバックすることで、他人のイメージを追体験することが出来るだろう。そのとき、人体は生体デバイスとして機能する。このことが、人類の次の知的生命体でも実現されたとき、生体メディアに保存された人類の想起していたイメージが、まったく他の知的生命体の脳(?)内で再生される。そこに浮かぶ言葉が「わたしは人類」だったのならば、シニカルである。
【※3】『例えば、私たちを構成している細胞の中にはミトコンドリアという細胞小器官があります。これは元々独立して生活していた真正細菌が真核生物の祖先の細胞の中に共生したものが、独立を失って真核細胞の一部になってしまったものです。そのため、細胞の核とは別に、ミトコンドリアはその中にDNA(ゲノム)を持ち、細胞質とは別に、ミトコンドリアはタンパク質を作るためのシステムを独自に持ち続けています。ところが、私たちヒトを含む脊椎動物のミトコンドリアでは、核・細胞質で使われる表1で示した標準遺伝暗号表とは少し違った遺伝暗号表(表2)を使われていることが判っています。また、脊椎動物の非常に近い親戚である尾索動物(ホヤの仲間)や頭索動物(ナメクジウオの仲間)のミトコンドリアは、それぞれ脊椎動物ミトコンドリアとは異なった遺伝暗号表を使っているのです(表2)。その上、そのような遺伝暗号表の方言は、ミトコンドリアに限らず、色々な真正細菌(例えばマイコプラズマの仲間)や真核生物の核・細胞質(例えば繊毛虫(ゾウリムシの仲間)の仲間)にも見られます。』
『東京薬科大学HP 遺伝暗号は進化する』より
後書き
わたしたち人類もまた、共通の設計書をゲノムに持っています。それがDNAにあるコドン変換のための遺伝変換表です。一定の規則に従い、生命もまた形作られます。それぞれの設計書はゲノムの言葉で書かれています。今、わたしたちはその解析に辿り着いています。やがて、その奥へ辿り着いて欲しいと思います。わたちたちそのものが浮かぶ脳内の仮想空間にある個室である自我の設計書へと。その記述される言葉はどのようになっているのでしょうか。わたしたちの用いている自然言語の前にある、言葉の起こりとなっている本当の言葉とは。それが解析される時がいつかきっと来て欲しいと願っています。その時こそ、わたしたちは本当に分かり合えるのかも知れませんし、致命的な乖離が現れるのかも知れません。けれど、いずれにしてもその先にこそ、真の人類の進化があると考えています。バグ、あるいはコピーミスという変異こそが、生命の進化の原動力なのですから。そして、さらに先に(またはもっと手前?)人類の滅亡はあるでしょう。その時にも、さらにその未来へと繋がっていく生命の逞しさに紛れ込む強かさを、われら人類は持っていると感じているのです。その証明として、やくしまるえつこの「わたしは人類」での試みは、一つの実証を得たのではないかと、考えています。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。こちらでは久しぶりの投稿になりました。最近では「小説家になろう」によく顔をだしておりますので、よろしければそちらもどうぞ。
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