帳尻合わせ
(ツイッターにあげている短い小説です)
厭な青春時代を送った所為で気持ちの悪いおばさんになってしまったが、ともかく生きながえたお陰で金は手に入った。私はこれから学生の頃とてもじゃないけど近づけなかった類の男の子を金で買おうと思う。男が昔からやってることだ。私だって必死に労働してきたんだから近いことをする権利があるだろう。
私が目をつけたのは私によく似た男の子だった。社会に上手く馴染めておらず彼を尊重している他人が周囲に見当たらないという意味で。彼は学校でまぁまぁの虐めに遭っている。地蔵のように押し黙って何とかやり過ごそうとしているが全部が逆効果って感じだ。私に似ている。両親はとっくの昔に愛し合うことを止めていて、副産物たる彼のことが目障りでしょうがないようだった。その上貧しさが親たちを追い詰め、苛立ちが全部息子に向かっていた。脱がしたから知っているけど彼は痣だらけだ。これは私が過ごした状況より悪い。私は一応、父母に溺愛されて育ったので。それが私の何かを『善く』してくれてはいないことはご覧の通りですが。
生育環境が劣悪な分、彼は割と見た目が整っている。薄い顔を構成する線はシンプルで、白いシャツに黒いパンツの制服姿でいるとインクで印刷された絵みたいだ。肌が白いのと髪がサラサラなのが原因で、何もしなくても清潔そうに見える。私と違う。
全てがあと少しずつマシだったら、彼の人生はきっと容易く、もっと明るく楽しいものになっていたんだろう。でも違った。彼の見た目がいいという長所は、私に目をつけられるという結果を招いただけだ。私が知らないだけで他にも災いを呼んで来たのかもしれない。世の中に変態は多い。私は虐めを主導している彼のクラスメイトの男一名女二名、どちらもソッチなんじゃないかと思っているくらいだ。
彼と同い年だった頃から彼みたいな子と仲良くなりたかった。ひとりぼっちで、輪というものから完全に外れている。仲間に入りたいと思っているのか、このままで構わないと思っているのか眺めていてもさっぱり分からない。私もひとりぼっちで、輪というものから気づけばいつも外されていた。でも皆の仲間に入りたいと願っていることを死んでも知られたくなかった。君はどうだったんだろう? 私とそう遠くないことを考えていた? 分からないが、私は、何もかもにがっかりして誰のことも必要なさそうにしている君に必要としてもらえたら、それこそ全ての帳尻が合うんじゃないかと夢見ていた。君のたった一人の友人になれたら、君のたった一人の恋人になれたら、それはどんなに気持ちが良かっただろう。
「ありがとう。これ」
裸の一万円札を差し出す。大人の女性らしさを見せたくて茶封筒や綺麗な封筒に入れて渡していたこともあったけど、そんなもの存在すれば存在するだけ人に不審がられる確率が上がるだけ、そうじゃなくても彼に捨てる手間を与えるだけで何のプラスもないと分かったのでこのやり方に落ち着いた。私の渡したお金は彼が親に内緒で開設したネット銀行の口座に貯められているという。となると私が直接振込みをしてあげた方が入金の手間が省けるのかなとも思ったけど、口座番号を知られるのが怖くて言い出さずにいる。一度、私が席を外している間に保険証を確認されていたこともあるので気にするのは今更かもしれないが。
私は偶然見かけた十七歳の男の子を追い掛け回して、助けを求められそうな相手がいないこととお金を必要としていることを調べ上げて近づいて、一回目は三万円払ったのにだんだん理由をつけて減額していってる。彼はこちらの魂胆に気づいて明らかに不服そうだが、私が二人のことを言いふらすかもしれないし、何なら行為中の映像もあるからそれを脅しのタネに君に無料で奉仕を要求できるんだよ感をうっすら出しているので今のところ逆らってくる気配はない。が、今後はどうだろう。私がそうであるように彼が失うことを恐れなくなったら私は社会的に終わってしまうが、その時私と彼は初めて同じになれるかもしれない。それはあの教室で、私と同じように一人だった君と特別な絆を育む夢と形はまったく変わってしまっているけど、私にとってはようやく全ての帳尻の合う瞬間になるだろう。
年を取るのは悲しい。あの頃、たった一度君に声をかける勇気を持てなかった後悔の代償を、こんな形でしか支払えないのだから。
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