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あなたみたいに純粋な人は

(ツイッターにあげた短編小説です)

 月に一回は会いに行くようにしてます。金額は九十分で入浴料一万五千、サービス料三万五千、それに指名料一万合わせて六万ぐらいでしょうか。ただ早朝割っていう、朝の六時から九時の間に行くと割引になるサービスがあるので大体それを利用させてもらってます。だから総額五万円か。そこまで高級なお店ってほどじゃないと思うんですけど、お客さんはやっぱりちゃんとしたお勤めをしてる人が多いみたいで、平日なんかは予約も取りやすくていいですよ。私はあまり気にしてないですけど、その日の最初の相手になれたら彼女も元気で、話も弾むし。まぁ根が夜型らしいんで、眠そうにしてる時も多いんですけど。彼女の話では割引の分もそのまま給料から引かれちゃうみたいだから、割引で浮いた分は何かプレゼントを買っていくことにしてます。お菓子とか化粧品とか、リクエストがあったらスターバックスのカードとかAmazonギフト券とか……私としてはそのまま一万円渡しちゃってもいいんですけど、それは彼女の美学に反するらしくて、遠慮してます。そういう、思ったことをズバズバ言っちゃうようなところに惹かれたのかもしれませんね。

 手取りは残業代含めて十二万です。これでも正社員なんですけど、まぁ休みの日は完全に放っておいてもらえるだけマシですよね。そこから毎月六万は確実に使っちゃう訳ですから心許ないといえば心許ないかな。実家暮らしじゃなかったら月イチで通うのは無理だったと思います。親には一応、将来の為に貯金してるって言ってますけど、深くは追求してこないです。給与明細とかも全部見せちゃうんですよ。一緒に住んでもいるから私が何時に家出て何時に帰ってくるかとかも知ってるんで、可哀想に思ってるんだと思います。親の世代からしたら、中学から受験させて大学まで行かせた息子の将来がこんな風になるなんて夢にも思わなかったんじゃないかな。その辺の違いに理解がある両親で本当に幸運でした。新卒で入った会社は今の会社よりもう少し給料高かったんで、転職させて今以下の給料で働く私を見るのが怖いって気持ちもあるのかもしれませんが。

 でも正直お金にはあまり執着がないんですよ。出来ることなら十二万分、月二回彼女に会いに行って全部使っちゃいたいくらいです。一回の時間を百二十分コースに伸ばして二ヶ月に三回でもいいんですけど。でも私も社会にいる人間として断ち切れない付き合いみたいなものが多少はありますし、彼女がダメって言うんですよ。ちゃんと美容室で髪切って、ちゃんとした格好で会いに来いって。はは、優しいですよね。個人的な感覚なんで分かってもらえないかもしれないですけど、私、自分が稼いだお金って全部汚く感じるんですよ。何でかなぁ、たぶん「こんな人間にはならない」って否定し続けてきた人間になっていただいてるお金だからかな、なんて思ってるんですけど。彼女に全部渡せないのは残念ですけど、これも必要経費と思えばね。この間は「ちょっと太ってきた」って言われたから、ジム通いも始めたりして、楽しいですよ、とっても。

 それで、私が殺したい相手なんですけど、それも彼女なんですよね。

 彼女がね、「あなたみたいに純粋な人はこんなところに来ちゃいけない」って言ったんですよ。何だろう? どうしてこんなに悲しくなったんだろう。遠回しに「来るな」って言われてるみたいに聞こえたから嫌だったのかな? って自分で思って考えてみたんですけど、どうもそうじゃない。彼女がそんな普通のことを言ったのが嫌だったんですよね。

 だってセリフじゃないですか。「あなたみたいに純粋な人はこんなところに来ちゃいけない」なんて。私以外の誰にだって言えるし、彼女以外のどの風俗嬢も、言えますよね?

 魔法が解けかけてるんですよ。他と違う、特別だと思ってた彼女との物語が終わってしまう。私はそんなものにお金を払ってきた訳じゃないから、自分を諦めてきた訳じゃないから、これはどうにかしないといけない。

 私は彼女を殺せると思いますよ。いつも行儀よくしているのでスタッフさんに警戒される理由はありませんし、彼女だって私がこんなことを考えているなんて知らないでしょうから包丁もハンマーも持ち込み放題ですよ。でもね、私も人間で、彼女も人間で、間違えるから、もし何かの間違いだったらどうしよう? とも思うんです。魔法は解けてなくて、彼女は本気で純粋な私に来て欲しくなくて、その言葉は彼女にとってセリフじゃない本物の言葉で、その根っこにあるのが私への愛情や、愛情でなくても優しい気持ちだったら、取り返しがつかないでしょ?

 だから私は彼女の言葉にずっと耳を澄ましてるんですよ。一つ一つ大事に並べてとっておいてるんですよ。だからね、彼女がいてくれることは私にとって本当に本当に救いなんです。だって全部嘘だったと分かるまで僕らの物語は最高のままだし、騙されていたと分かったら彼女の命を使わせてもらって、今までの期待はずれの息子で、従順な従業員で、純粋な常連客とは全く違う私になればいいんですから。

 私はこの一度きりの人生で、自分を生かせてくれて、同時に殺してくれる人に出会えたんですよ。それって本当に幸せなことだと思いませんか?

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