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書評&感想『スポメニック 旧ユーゴスラヴィアの巨大建造物』
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本書はグラフィックから2020年に出版された。著者はドナルド・ニービル氏、監修は石田信一氏である。ドナルド・ニービル氏はアメリカ出身の作家、研究者であり、バルカン半島を旅しながら研究した。題名にある旧ユーゴスラヴィアはバルカン半島にあり、1945年~1992年まで存在した連邦国家である。
本書は旧ユーゴスラビア時代に建造された170以上ものスポメニックを紹介。各ページではスポメニックの写真と共に、「歴史」「デザインと建設」「位置づけと状態」の3つの観点から、それぞれのスポメニックを解説している。
そもそも、スポメニックとは旧ユーゴスラビア時代に建てられたモニュメントを指す。このスポメニックは第二次世界大戦で亡くなった死者を追悼すると共に、旧ユーゴの理想「友愛と団結」を具現化したものだ。
バルカン半島には多くの民族が住み、第二次世界大戦では民族同士で争うことになった。いわば、隣人同士の殺し合いである。戦後、6共和国2自治区から成る社会主義連邦国家、旧ユーゴスラヴィアが建国された。
旧ユーゴスラビア指導部にとって、どのように第二次世界大戦の凄惨な歴史を処理し、どのように民族を団結するか、これが建国当初からの課題であった。その解決策のひとつがスポメニックの建造だったのである。
写真を見ると、どのスポメニックも幾何学的、抽象的で、解釈が難しいかもしれない。そこはご安心を。丁寧な解説文により、作品に込められた意味が理解できる。
それぞれのスポメニックを見ると、あることに気づく。大半のスポメニックは保存状態が悪いのだ。原因は1990年代に起きたユーゴ紛争である。バルカン半島では、またしても民族同士の隣人殺しが行われた。しかも、人々の間に憎悪をたきつけるために、民族主義者は第二次世界大戦の歴史を利用した。紛争を前にして、スポメニックは為す術がなかったのである。
ボロボロになったスポメニックの写真を見ると、いかに戦争の歴史の記憶は恐ろしく、そして処理が難しいか、これでもかというほど実感する。
最後に、これだけの多くのスポメニックを訪れ、調査したドナルド・ニービル氏には感嘆の一言だ。なぜなら、だいたいのスポメニックは交通アクセスの悪いところにあるからだ。
タイトル:『スポメニック 旧ユーゴスラヴィアの巨大建造物』
著者:ドナルド・ニービル
出版年:2020年
出版社:グラフィック
税込価格:3,300円