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私の名前はエレナ。

その日の空は本当に青く澄み切っていた。

10月に入るとニューヨークの空気はひんやりと冷たくなり、街中にはダウンジャケットを着ている人も見かけるようになる。

僕はこんな天気の良い日には、お気に入りのランチをテイクアウトして、公園で食べる事にしている。

外に出るとビタミンDが作られるだとか、メンタルに良いだとかそういったこともあるのだろうけれど、そんな事よりも僕は純粋に澄んだ冷たい空気の中で日差しを浴びる気持ち良さが好きなだけである。
ニューヨークの秋は気持ちが良い。

時折訪れるその公園はいつもとても賑わっていて、僕のようにお昼時に抜け出して来たビジネスマンや、家族連れ、おじいちゃんおばあちゃん達でごった返している。皆考えることは同じだ。

僕は噴水前の広場に空いているテーブルを見つけ、そこでランチを食べ始める。
年齢、性別、人種ともに本当に様々な人々が、各自のお気に入りランチを持ち寄り、太陽の日差しの下で楽しそうに話している。
見ているだけでこちらまで楽しい気持ちになってくる。幸せな時間とはきっとこういう事を言うのだろうな、と一人その空気を噛み締める。

ひとしきり食事を終えた後は、周囲のざわめきの中で、暖かい日差しを全身に感じながら、少しの間、ぼーっと何も考えないようにして過ごす。
大好きな時間の一つだ。

10分位経っただろうか。僕の目の前の席が空き、カップルがその席を取りに来た。
男は190位はあろう大柄でサングラスをかけ革ジャンといった装いだ。
女性の方も周囲の目を引くような美人でブロンドヘアにファーのコートを羽織っている。2人ともドラマの世界から飛び出してきたような雰囲気だ。

男はわざわざ彼女に会うために遠出して来たのだろうか、大型のキャリーケースを引き摺っている。息を切らせながら、その空いた席を取った。

そして持っていたコーヒーカップをテーブルに置くやいなや、2人はすぐに人目を気にすることなく、熱い抱擁を交わす。
その後には長いキスまで始めてしまった。
明らかに恋人同士のそれである。
いくらアメリカとはいえ、ここまで情熱的な情事を人前でするのは珍しい。

久しぶりの再会だったのだろうか。
もうお互いの事しか目に入っていないようで、見ているこちらが恥ずかしくなる程だ。

会えなかった時間の寂しさを埋めようとする気持ちが周囲の僕達にまで伝播してくる。
きっと遠距離か何かで会えない事情があるのだ。

長いハグと長いキスの時間がようやくに終わり、2人の体はゆっくりと少しだけ離れた。
そして、互いを見つめながら、彼女は照れ臭そうにこう言った。

彼女: 私の名前はエレナよ。はじめまして。


!?!?

じ、こ、しょうかい?!? 

う、そ、だろ!?!



さっきまで日常の小さな幸せを噛み締めていた僕は一転してパニックである。

隣の席に座っていたおばあちゃんには聞こえなかったようで何事もなかったようにベーグルを美味しそうに食べている。いや、寧ろおばあちゃんには聞かれなくて良かった、と少し安堵した。
どうやらこの事実に気付いたのは僕だけみたいだ。

別に注意して見ていた訳ではなかったのだけれど、以降二人から目を離す事が出来なくなってしまった。
が、最初の一言以降、彼らは僕に対して背を向ける形になってしまったので話は良くわからない。
とにかく雰囲気は仲睦まじいカップルのそれで間違いない。

2人はどういった関係なのだろう、、
遠距離で愛を育み続けて来た初対面カップル?、
いやただ単に春を売っているお姉様と客?、、
もしかして、どこぞのリアルボンドガール?、、
いや、もしかして世界は僕の知らない所でこんな事が当たり前になっている?、、
などと彼らの背後で、一人思考の沼にハマっていくのだが答えは当然出ることはない。

彼らは飲み終えたコーヒーカップをテーブルに2つ残し去っていった。

さっきまでと変わらない澄んだ青空の下、僕はその残されたコーヒーカップを見つめながら、世界は広いなぁ、と一人ひっそり噛み締めたランチになった。










スパイ?
春を売る人?

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