幻のハンディマン
アメリカにはハンディマンと呼ばれる人々がいる。家周りの修理全般を受け持つ職業の方々を差す。
キッチンやバスルームの水回りトラブルから家電製品の修理、窓やサッシの修理など家に関する事ならなんでもござれのよろず屋である。
そういえば、この手のよろず屋は日本では殆ど見かけない。便利屋とかでも言うのだろうか。僕は人生で便利屋というものは利用した事がなかった。
日本にいた頃は、エアコンが壊れればエアコンメーカーのサポートに連絡するし、洗濯機が壊れれば洗濯機メーカーのサポートに連絡する。水回りが壊れれば水回りの専門業者に連絡するの当然だと思っていた。
ただ実際のところ日本メーカーの製品は品質がかなり高いので、この手のメーカーサポートに連絡するのは数年に一度のレベルであったし、それが当然だと思っていた。
ところが、アメリカでは状況が全く違う。日々あらゆる物が当たり前のように壊れていく。
その為、アパートや一軒屋の大家はお抱えのハンディマンと契約していて、何かあった際には大家に連絡する事で、ハンディマンが派遣されてくるという仕組みになっている。
僕も色んな物が壊れていたが放っておいた。とにかく物が壊れる頻度が高すぎるのでいちいち都度対応せずに纏めて対応する事にしていた。
しかし、今回は流石に我慢できなくなった。洗濯の乾燥機が壊れたのである。乾燥機にかけても服はビシャビシャで全く乾いていない。加えて冷蔵庫に入れておいた物が凍り始めたのである。飲み物や野菜等、冷凍させたくない物が凍っていく。
流石に我慢の限界である。
大家に連絡したところ、ハンディマンが直ぐに来てくれるとのこと。
ところが予定の時間を1時間過ぎてもやって来ない。これもアメリカでは当たり前のように良くあることだ。
大家に督促をかけて、ようやく到着したハンディマンは、酷く愛想が無かったが直ぐに作業にとりかかってくれた。
こちらでここまで愛想がない人は珍しい。
最初はこの人大丈夫か?と不安になりながらも、作業を見守る。
ところが見ているとテキパキと迅速に正確に修理していくではないか。動きに無駄がない。
ああ、この人は職人なんだな、とここで理解する。
過去我が家に訪れたハンディマンは、ハンディマン風ではあったが、プロではない人も沢山いた。愛想で乗り切ろうとする人が沢山いた。
しかしこの人は違った。
無口で無愛想であるが黙々と仕事をこなしていく。
僕はこの手の職人が大好きである。
Netflixにペーパーハウスという僕のお気に入りのスペインドラマがあるが、その主人公の呼び名をプロフェッサーと言う。
強盗団一味を率いる決して愛想はないが天才リーダーである。
そのプロフェッサーと、このハンディマンの見た目が似ているということと、その佇まいから醸し出される雰囲気から、僕はこのハンディマンをプロフェッサーと呼ぶ事にした。
プロフェッサーは乾燥機を解体して、黙々と部品を交換していく。30分後位には修理完了したと伝えてきた。
彼: Fixed. (直った。)
とただ一言。もはや対応がプロである。
次に冷蔵庫だ。冷蔵庫の庫内にプロフェッサーは頭を入れ、黙々とこちらも解体していった。
30分後位に、プロフェッサーから
彼: すまないがこれは直せない。基盤を交換しないとならない。
と一言。
これはもうどうしようも無かったようだがプロフェッサーに非はない。
出来ないなら出来ない事を正直に言う。これさえもプロの行動だと僕は感じていた。
彼は帰り支度を始めた。
僕はこちらの文化に則ってチップを10ドル渡そう
とする。感謝の気持ちを込めて少し多めにしたつもりだった。
するとプロフェッサーは「NO」と一言断った。
何度も勧めたが決して受け取らずに「気持ちだけ貰っておくよ。ありがとう。」とプロフェッサーは帰っていった。
チップを断られたのは人生で初めての経験で、僕は感動を覚えていた。
チップとしては10ドルは安くはない金額である。
彼はチップの為には働いていなかった、ということだ。プロとして依頼された案件を確実にやり遂げる。それを生き甲斐として生きているのだ。
世の中にこんな素晴らしいハンディマンがいるんだなあと僕は感動していた。
翌日、乾燥機を回した。
衣類は乾燥されずに相変わらずビチャビチャのままだった。。
冷蔵庫の飲み物も凍ったままである。。
加えて僕の財布から10ドルも減っていない。。
結論プロフェッサーが来る前と何一つ変わっていない世界がそこには広がっていた。
あれはマボロシだったのだろうか、と思って眠りについた夜だった。
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