ブロードウェイで自称ラッパーにたかられた話
別に毎日を刺激的に過ごしたい訳ではないのだけれど、刺激的な出来事はしばしば起こる。
それも僕の場合、ふとした瞬間に突然起こる事が多い。
ニューヨークのブロードウェイ。マンハッタンの繁華街を南北に貫く通りの名前である。
その通りの一角には劇場街が広がっていて、ライオンキングやウィキッド、最近ではマイケルジャクソンMJあたりのミュージカルが有名で、
この辺りを歩くといつも沢山の人が入場に向けて列を成して並んでいて、その人気さを垣間見る事が出来る。
ただ、当然のように僕は1回も行った事がない。
昔からミュージカルなるものを感情移入して見れた試しがない人間なのだ。
山に囲まれた片田舎で、芸術との接点が少なく育ってしまったことが原因なのか、元々の感受性の貧しさが故なのかわからないが、ともかく当然英語のミュージカルとなるので一向に足が向いていない。
せっかく本場にいるのに、と良く言われるが、そんなもん知ったこっちゃない。気が向かないのだからどうしようもない。
サウナ嫌いのフィンランド人だっているはずだ。
なんならその昔、竹芝の劇団四季でオペラ座の怪人を見ていた時に、隣の席のヌリカベのようなおっさんに「ガム噛むのやめてもらって良いですか?」とキツめに言われたことがトラウマで、それ以来僕は劇場に足が向いていない。(正直これは僕が悪い。)
そのブロードウェイからほど近い所に「2 Bros Pizza」というピザ屋がある。
ピザだけが唯一この街で手軽に食べられる値段の食べ物で、1スライスのペパロニピザが4ドルで食べることが出来る。飲み物入れても5ドル前後だ。
マンハッタンは普通にランチをすると20ドルには収まらないので、これがいかに安いかわかってもらえると思う。
そのピザ屋は店内に小さな飲食する用の小さなテーブルはあるも、基本的にはテイクアウト専門店だ。
1列に並んでディスプレイに並んだピザを指さして皆一様にピザのスライスとコーラを買って行く。
オーダーされたスライピザは即座に窯に入れられ、熱々のものをその場で頬張る事が出来るという仕組みだ。
日本ではあまり見かけないこのシステムのピザ屋はマンハッタンの至る所にある。
列に並んでいると1人のドレッドヘアーの青年(多分20歳前後)がレジの真ん前で、こちらを笑顔で凝視してくる。
とても悪意があるようには見えなかったし、あまりにまじまじと見てくるので僕も笑顔で返した。
彼: お前何人だ?
僕: 日本人だよ。
彼: そうか俺は日本のアニメ好きだぜ。鬼滅の刃ってやべーよな。
僕: うん、わかる、わかる。煉獄さんな。
彼: さすが日本人だな。よく知ってるな。
なんだ単なる日本が好きな若者か、とホッとしたのも束の間
彼: ところでさお前ラップ好きか?
僕: 2pacとかJAY-Zは昔聞いてたな。
彼: 最高じゃん。お前ラップ好きなんだな。ラップはやるの?
僕: いや、やらないよ。
彼: 俺さラップやるんだよね。是非とも俺のラップを聞いてくれ。
と特にこちらがその返事をする前に彼はラップを始めてしまうのである。人の話を全く聞かないのはこの国では良くあることだ。
ブロードウェイ近くのテイクアウトピザ屋にて、バックミュージックもない中、彼は並んでいた15人を強制的にオーディエンスに仕立ててリクエストもされていない即興ラップをし始めた。
最前列は僕の為の特等席だ。
もう一度言うが彼の舞台はピザ屋のレジの前だ。
店員は無視を決め込んでいる。
なんてシュールな光景だ。
普段であればこの手のパフォーマンスがあると、こちらの人は手を叩きノリノリになって踊り出したりするものだが、その強制オーディエンス達は凍りついたように身動き一つしなくなった。
何なら被害者と悟ってくれた僕を憐れんだような目で見てくる。
お前は今ニューヨークの洗礼を受けている、ようこそ自由の国へ、とでも言いたそうな目をこちらに向けてくる。
上手いのか上手くないかも良くわからない絶妙なレベルのラップが店内にこだまし、
時間的には多分1分程度の短い時間だったはずだが、体感的には絶望的に長い。
一通り彼のパフォーマンスが終わると
彼: 俺のラップ最高だったろ。自信あるんだよね、
僕: そ、そ、そうだね。よ、良かったと思うよ。(顔は引き攣っていたかもしれない。)
彼: そうだろ。喜んでくれて嬉しいよ。
彼: ところでさ兄弟、俺にペパロニ奢ってもらっても良いか?
僕: ??!!
ここで初めて気付いた。
僕はたかられていたんだ。
この自称ラッパーは単にペパロニピザを奢らせる人を探していただけだった。
俺とお前は今までもこれからも兄弟では決してないと思いつつも、もう断れる雰囲気も勇気もなかったので、しぶしぶ
僕: OK
と返すとすかさず
彼: サンキュ!
と満面のサンキューだ。しかも、
彼: ついでにさ、コーラも良いか?
僕: コーラはダメだな。
そんな返しが自然と口をついて出てしまった。
自称ラッパーにたかられた帰り道、買ったピザを頬張りながら冷静になった。
なんて逞しい奴なんだ、と。
金がないならラップで腹を満たす、こんなことやっている日本人はいないだろう。
相手がどう思うかなんて微塵も気にしない鉄のハートは見習うべきなのではないか、と。
ペパロニピザを食べるという目的を彼は僕を使って達成したのだ。
…
ん?
何だか心がモヤモヤする。。
なんだ??
何だか自分がイケていない人間な感じがする。。
そうだ。コーラを断ったことだ。
追加でコーラをたかられた事に対して反射的に口からでたNOという言葉だ。
金額にすればたった1ドルだ。
お前のラップ凄かったよ。カッコ良かったぜ。
ペパロニに加えてコーラもどうだ?と僕から言えなかった事に一人勝手にモヤモヤしていた。
不意に口から出たあのNOこそが僕の本来の人間性を表している。たかられていた事に動揺して、彼の追加オーダーを受けとめる度量が無かったんだ。
ペパロニピザを頬張りながら自分の器の小ささを思い知ったのである。
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