短編小説【痛いの痛いの飛んでいく】
私は今まで痛みと言う痛みを感じたことが無かった。
転んでも、傷をつけても、血出ても、腹が痛くても、頭が痛くても、私は痛みを感じることが無かった。だから、痛いっていうものがどんなものなのか私は知らない。
「〇〇ちゃん、膝怪我してるんじゃない?」
部屋にやってきた母はそう言った。そういわれて膝を見てみると確かに膝に怪我をしていた。
「うん、本当だ。怪我してた。なんでわかったの?」
「だってお母さんだもの」
そう言って母は笑うのだ。
いつも母は私が怪我をすると、私の代わりにすぐに怪我に気が付いて、怪我を治してくれていた。だから痛みが分からない私はいつも母と一緒に居た。
いや、母がいつも私にくっついてきていた。
「学校なんて行かなくていいのよ。家庭教師を雇いましょう」
小学校に入る前、母はそう言って、私を自分の近くから離そうとしなかった。だから私はいつも母と一緒で、母の近くでじゃないと生きていけない。そうやって生きてきたから。
食事は家政婦が栄養たっぷりの物を作ってくれて、父は仕事が忙しくて、でもお金だけはたくさんくれた。そしてあでやかな洋服を毎日、母に決められて、髪型も、すべて母が決めた。
洋服はいわゆるロリータの服を着せられていた。
私が成長していくにつれて、勉強にも力を入れて、私と言う存在を母はすべて管理した。
でもそれらに私は段々と疑問を感じた。それからネットで一人の男性と出会った。
何か月も連絡をして、その人と会いたくなってしまった。十九歳の時大学へ行ったとき、母の目から逃れてどうにか逃げた。GPSが入っていたスマホは川に捨て、来ていたフリルの服もゴミ箱に捨てた。持ってきた着替えもしたら見つからなかった。
でも私はとても運が悪かった。彼の元へもいけなかったうえに、車に跳ねられるなんて。
でも痛みは感じなかった。
病院へ運ばれている中で無表情のままで、私は母の姿を見つけた。
「なんで!!」
私がけがをした箇所と同じところを強く手で押さえながら母はひたすらにそう叫んでいた。強く腹を掴んで、冷や汗が沢山出ていて、青ざめて、必死で痛みと戦っているような。
そこでやっと私は理解したんだ。
どうにか治療が終わり、病室のベッドで横になっていると、医師が私のところへやってきた。
「なぜ、母は私の代わりに痛みを感じているのでしょうか」
「この世界の最新技術は痛みを他の人へ移すという技術だ。この世界には、麻酔がかからない人間がいる、それに妊婦さんのためにも。その人たちのために作られた。その被験者が君と君のお母様だ」
布団を強く握りしめて、いろんなことに苛立った。体は痛くないのに、胃のあたりがチクチクとする。
「なんで、母を被験者に」
「君のお母様からの強い希望だった。大切な娘に痛みという物を知られたくなかったらしい。でもこの実験はすぐ中止されたが、君のお母様はそれを拒否した。これがこのざまだ」
申し訳なさそうに医師は頭を垂れた。
「君に痛みを返そう。お母様は今混乱状態で麻酔をかけている状態だ。実験中止だ」
そんな事件から数年が経った。母とは今も一緒に暮らしているけれども、今の私には痛みがある。
体の痛みも。
心の痛みも。