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令和の時代の「経済抗戦力調査」:一人で秋丸機関と同じことができる時代に

ということで、ウクライナ戦争について知ってる範囲では唯一マトモな分析をしているエマニュエル・トッドの最新の書き下しの著作が日本語訳されましたので早速購入して読んでいます。

この本の何が凄いかといえば、大東亜戦争の直前に国際情勢を地政経済学的に分析して日本の勝ち筋を見出した秋丸機関がやったのと同じことをエマニュエル・トッド一人でやっているという点です。

また、内容の面で特に面白いと思ったのは令和版「英米合作経済抗戦力調査」とも言えるアメリカ(というか欧米)経済分析で、内容的にはデイヴィッド・グレーバーの名前を日本で一躍有名にした『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』をマクロ経済・国際政治レベルに敷衍した展開をしているところです。

というのも、NATO陣営のGDPに比して、ロシア側のGDPはベラルーシを合わせても3.3%にしかなりません。

ところが、実際の物的生産力、特に軍事生産能力に関してはロシアは自国の33倍近くの国力差のある相手と互角かそれ以上の優位性を持っているのが偽らざる現実として存在します。

まさしく旧約聖書の「ダビデとゴリアテ」の戦いそのものという様相を呈しているのですが、経済学的に見てこれはどういうことなのか?ということを分析していくと、「ブルシット・ジョブ」が個人の精神のみならず社会的生産能力、特に物的生産能力に思った以上に暗い影を落としていることが分かり、夏は過ぎたはずなのに背筋の凍る思いをしました。

経営コンサルが素晴らしいパワポ資料を作ってプレゼンし、スーパーセールス営業マンが大口契約を取り、ロースクールを主席で卒業した弁護士が裁判で勝ちまくる、そういった人達が莫大な報酬を受け取るような社会は、それでGDPは青天井に上昇するものの、実体経済の生産としては戦車一両、銃弾一発、野戦レーション一袋すら現実には生産しません。

また、米露間の人口あたりのエンジニア数、理工系学校卒業者数の比較をしてみても、アメリカはロシアの3倍近い総人口にもかかわらず、エンジニア数はロシアの1/3程度しかいないというのもかなりショッキングな事実であると思います。

また、アメリカのエンジニア、特にSTEM教育を受けた理工系の人間であってもそのまま製造業などのエンジニアになる比率はさらに少なく、金融工学、MBA、GAFAM=ブルシットIT業界などに就職する比率を考えると、いわゆる「重厚長大」産業に従事するエンジニア数の米露間の差は実際の数字をはるかに上回るレベルで開いていると考えてもそう間違いではないかもしれません。

つまり、もはやGDPは第二次世界大戦の時とは違い、その国の物的生産能力を反映しない「偽りの指標」でしかなく、それを基にして国力や戦力を推定すると大間違いを犯すということです。

そしてそれは「アメリカ無敵神話」の終焉も意味しています。

すなわち、第二次世界大戦直前のように、アメリカ一国で世界の生産の半分近くを担っていた時代と異なり、アメリカはもはや「万年筆マネー」の基軸通貨の米ドルとブルシットジョブを生産するだけの張りぼて経済国家に過ぎず、ちょっと格下程度の相手にも戦争に勝つことはできないくらいに軍事力も凋落してしまったということです。

そしてそれを埋めるように「同盟国」にさまざまな負担を押し付けて、あらゆる意味での富を収奪、搾取するだけの一方的支配機構に過ぎなくなっており、その収奪機構にビルトインされているのみならず、自分から進んでアメリカの収奪機構に貢ぎに行っている日本の針路について、一考を促すものになっています。

本書の帯裏にある

「西洋の敗北は、今や確実なものとなっている。しかし、一つの疑問が残る。日本は『敗北する西洋』の一部なのだろうか」

という文言がまさに日本に向けての提言となっており、映画「マトリックス」に出てくる「レッドピル」に相当する本書を読んだ読者は一人ひとりが「日本は『敗北する西洋』の一部なのだろうか」ということについて真剣に考えなければならないでしょう。


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