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映画『阿賀に生きる』を観て

先日「現代アートハウス入門  ネオクラシックをめぐる七夜」という企画上映の六夜目で観た『阿賀に生きる』がとんでもなく素敵だったので、ちょこっと感想を書いてみようと思った次第。


とはいえいやはや、映画の感想を書くのが苦手です。

言葉では語りえないところに映画の魅力はあると思うし、そもそも名作にも流行りにもまったく疎い自分が感想を述べるなんて、滅相もないとか勝手に萎縮しているのだけど。

でもやっぱりミニシアターが好きで、とりわけドキュメンタリー映画が大好きです。

同じ趣味の友人がいるわけでもなく(そもそも胸を張って映画好きと言えないほどに無知)、SNSで雄弁に感想を語れるわけでもないから、ボソボソとここに書くんだ。

映画を観た夜に、ポカポカした気持ちのままに。

『阿賀に生きる』
1992年(1992年日本初公開)|日本|115分|カラー
監督:佐藤真 撮影:小林茂 音楽:経麻朗

日本海に注ぐ阿賀野川。その川筋に住み込んだ佐藤真ら7人のスタッフは、田植えを手伝い、酒を酌み交わしながら、阿賀で暮らす人々の生活を3年間にわたり撮影した。新潟水俣病という社会的なテーマを根底に据えながらも、人間の命の賛歌をまるごとフィルムに写し、当時としては異例ともいえるドキュメンタリー映画のロードショー公開がシネ・ヴィヴァン・六本木で実現した。

この映画の凄さは多方面で言われているけれど、わたしはその「完成度の高さ」に、むむむと唸ってしまった。

阿賀の人々が語らいあったり、どついたり、眠りこけたり、歌ったり。人と人とが重なり合う瞬間をこんなにも美しく捉えることができるのは、ある意味怖い。

ドキュメンタリー映画でよくあるのは、不安定なカメラワークによる臨場感や、遠巻きにうつす切ない横顔、合間に挿入される静かな風景映像とか。このへんはお決まりかつ効果的な手法だと思う。

ただ『阿賀に生きる』に映し出されるのは、フィクションかしらと疑うくらいに美しい、人々が生活する姿だ。愛おしい日常を描かんとする脚本があって、「よーいアクション」とともに可愛いじいちゃんばあちゃんが「日常」を演じているかのような。

それくらいに “美しい” が完成していた。

佐藤さんは、ドキュメンタリーというストライクゾーンの内側から、それをどれだけ広げられるかを探っていた。
そのような瞬間を捉えるために、粘り強くカメラを構えた。

佐藤真作品のそのどれをとっても、思わず微笑んでしまうユーモアや、人間の可能性についての驚きや、あるいは人によっては「いや、これはさすがに仕込んでいるでしょう」と感じてしまう瞬間があるのは、いつも彼が、このストライクゾーンぎりぎりのリアルを狙ってきたからだ。

平田オリザ「寄稿 | 一番遠いリアル」( 里山社編 『日常と不在を見つめて ドキュメンタリー映画作家 佐藤真の哲学』)

平田オリザさんの解説にも、むむむと唸る。
そういえば、最後のショットもとんでもなく素敵だった。撮影スタッフと長谷川のおじいちゃんの間に流れる哀愁がこっちにもビンビンと伝わってきて、ちょうどその時にスンってエンドロールに入るものだからびっくりしてしまった。

ストライクゾーンぎりぎり。ドラマの最終回かなと思わせつつも、ちゃんとドキュメンタリー。

今まで見た映画の中でいちばん美しいラストで、不覚にも寂しくなっちゃったわ。


わたしがドキュメンタリー好きだなと感じる一つの理由は、それが本物であるというお約束があるからだ。

現実にその人が生きている、もしくは生きていたという事実。1本の映画を見ることによって、見知らぬ誰かの物語がむず痒いほどにリアリティをもって立ち現れてくる。

視野が広がるとか、知らない世界に目を向けるとか、そんなかっこいい話ではなくて。

私はきっと、本物が息づく瞬間を目の当たりにしたいんだと思う。


とはいえ前言撤回、ドキュメンタリーは本物ではない。

カメラが現場に入ることで被写体はカメラを意識するし、カメラを構えることでそこには「こんな映像を撮りたい」という意図が発生するし、どんなに長く撮り続けても約2時間に切り貼りする編集作業は、作り手のストーリー構成が反映される。


だから、『阿賀に生きる』はすごい。

フィクションかなと思うくらいに完成されているシーンは、撮影スタッフと阿賀の人々の間でできあがった関係性が “日常” になったから、はたまた “本物” になったから、撮れた映画だと思うのだ。

ふう、これが言いたかった。


オンラインで人との関係性が構築できてしまう、このご時世。

息遣いがわからなくても、表情がわからなくても、なんだか仲良しになれちゃう。それって本物かなーと、ときどき斜に構えてしまうタイプだから。

『阿賀に生きる』に映っていた本物の関係性が愛おしくなってしまう。

けどきっと、佐藤真監督は腹の底の底には、映画作家としての冷徹さも確かにあるんだろうな。そんなのもひっくるめて、すごいや。


この企画も素敵すぎたので、友人と一緒に呑み明かせるくらい暖かい陽気になったら、東風さんぜひまた。


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