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旅する宝物

お宝は突然に

それは、北海道にそろそろ雪も積もろうかという頃だった。
家を片付けていたら、ちょっとマニアックなものが出てきた。
出てきたものを何気なくツイートしたら、予想外にコアなファンの方が反応してくれた。
正直、私にとっては無用の長物。
けれどもファンにとってはプライスレスで稀有なお宝。
私もオタクの端くれ、誰に何と言われようとも「お宝はお宝!」という気持ちは分かる。
じゃあこれは、大切にしてくれる人のところに譲ろう。
そう決めて、思い切って連絡してみることにした。



ただし、英語で。



そう、ファンの方は英語でツイートしていた。
全く見ず知らずの方なので、その素性なんて一切分からない。
ただ言語は英語だと思った。見た感じで。
とはいえ当方、辛うじて英検3級があるだけの「英語の読み書きは壊滅的な日本人」だ。
だって遠いじゃないか、英語の国なんて海を越えていかなきゃ着かないのだから。
英語なんて人生において必須になったことは無かったのだ。

それなのに「連絡してみよう」と思った。
何故かためらいはなかった。
その方のツイートを見ていたら、とにかく「好き」ということだけは理解できたからだ。
誰かの「好き」は、とにかく強い。
英語で書かれているので分かるのはほんの一部分だけなのに、それだけは伝わってくる。
それほどに強い「好き」が、そこにあった。

言語が通じるかは全く未知数だったが、手元にあるお宝はこの方に譲りたい。
それだけは強く思った。


どうしてくれよう、言語の壁

英語。
とりあえず中学英語くらいは頭に入っている(と思いたい)が、とにかく日常英語だと単語の意味が分からない。
Hallo!My name is 〇〇.なんてのは、日常英語にはあまり聞かない。
こんな英語力で荷物を送るなんて、どう考えても無謀でしかない。

そんな不安を抱えつつも、少々悩んでからダメモトで頼ったのは、自動翻訳サイトだった。
日本語から英語に、そして念のためその英語を日本語に変換してみて、大体意味が合っているかを確認する。
そして念のため、相手には「日本語しか話せない、翻訳サイトを使っている」という旨を伝えてみた。
もちろんその文章も翻訳サイトで作った。
いやもう、とりあえず通じれば何とかなるはず。

多分カタコトであろう私の怪文書だったが、相手の方は寛容だった。
というか翻訳サイト凄いな、便利すぎる。
とりあえずの会話は、何とか翻訳サイトで凌ぐことができた。
色々と話し合いを重ね、お互いの事情で時間を要し、何とか発送にこぎつけたのは雪解けが進む頃だった。


旅のプランは前途多難

海外に、荷物を送る。
私の人生において、そんなイベントは今までに無かった。
辛うじて海外の通販サイトから荷物を受け取ったことが一度だけあったが、とにかく時間がかかったなあという記憶しか残っていない。
しかも発送元はアジア圏、今回は北米圏だ。
圧倒的に距離が違うし、文化も慣習も全てが違うと思われる。
しかも今回は自分が発送元で、梱包から何から全て自分で行わなければならない。

というか、これ、どこから送ればいいんだ。

英語圏でよく聞く宅配会社としてはFedExだと思う。
なんとなく映画とかで見る気がする。
けど、残念ながら私の住む北海道にはその営業所が存在しない。
代理店が集荷してくれるとは聞いたものの、FedExのアカウント登録で盛大につまづいた。
これはご縁がなかったに違いない。
おかげさまで諦めは早い。

調べてみると日本の宅配会社でも国際宅配が可能な会社は多くある。
とりあえず「某公営感のある熊さん」かしら…と思ったのだが、どうやら北米への荷物引き受けができないケースがあると聞いた。
それならばと一番身近に営業所がある「某黒い猫さん」にお願いしてみることにした。


黒い猫と、謎の書類

ホームページで確認すると、まず北米圏への荷物は受けてもらえそうだ。
もちろん送り状も専用のものがある。
そして初めて知ったのが「インボイス」という存在だった。
心の声?どういうこと??
私の英語力では全く理解できない書類を書け、というのだ。
調べてみるとインボイスとは「貨物の内容証明書類」。
これを元に税関を通ることができる、という大切な書類だ。
インボイスと荷物の中身は必ず一致しなければならないし、税関でのX線検査などで内容が一致しなければ返品されることもあるらしい。
モノの名前を英訳するのも必死だったし、そこに価格を設定するのがまた大変だった。
今回送ろうとしているものは、大半の人にとって価値がない。
けど一部の人にとってはプライスレス状態である。
とりあえず「リサイクルショップに持っていったらこれくらいの価格」くらいで設定した。
いや、少しだけ盛った。お宝だし。

そしてこの荷物には手紙(信書)は同封できない、ということを初めて知った。
とはいえ通常、お届け物に一筆くらい添えるじゃないか。
そう思って調べてみたら、封をせずに「添え状(Cover letter)としてなら送ることができるようだ。
ちなみに中身が添え状であっても、封をしてしまうと信書扱いになるそうだ。
これを知って、あわてて一度封をした手紙を開封して、新しい封筒に詰め直した。
紙だからいいかなあと、ジャパニーズハンドメイドアイテム・折り鶴も入れてみた。


お宝だって法律は守る

そして、送る中身にもお約束事項がたくさんある。
食品で言うと、お酒や生鮮食品はもちろん不可。
そして肉製品(エキスすら不可)や生米も不可なのだとか。
植物防疫法とか色々あるらしい。
他にも送れないものはたくさん存在するし、各国によってもその内容は変わる。
とにかく送り先の通関情報を片っ端から確認して、今回の荷物には問題がないことを確認した。


行き当たりばったりの一択

さらに難関だったのが、関税だった。
送る段階で宅配料金は支払うのだが、国を越える時まで「関税」がどれほどかかるのか分からないという。
結局は税関の見立てに左右されるので、送り先の国では確認のしようがないのだ。
今回はgift(贈り物)であり、しかも価格はワンコイン以下である。
たぶん関税はかからないんじゃないか?と営業所では言われたものの、送付先には念のための連絡を入れておいた。
(もしかしたら関税がかかるかも知れないこと、その時は受け取り時に費用が発生すること)

こうやって淡々と書いてはいるが、ここまで来るのに季節が変わっている。
とにかく、ひとつひとつが初体験。時間がかかるのだ。
調べてはクリアしていくのは大変だったけど、そこには言葉にならない達成感があった。


追跡、追跡、そして追跡

ようやく送り状が完成し、梱包も終わり、荷物を発送したのはフキノトウが芽吹く頃だった。
とにかく祈るような気持ちで荷物を送りだした。
こんなヒヤヒヤする荷物発送なんて、日本国内ではあり得ない。
ありがたいことに荷物の追跡が可能だったので、本当に毎日、欠かすことなく追跡サイトを確認していた。


営業所を出て2日後、「東京ベース」に到着。

そこから通関をクリアして、成田空港からアンカレッジ空港へ。

さらに作業店を何か所か通過して、荷物は相手先の住所に。


そこでふと、あることに気づいた。



時差。


そう、時差である。
日本で〇日に到着!と確認したが、北米圏とはものすごい時差がある。
極端に言えば時間どころか日付まで違うこともあるので、受け取りされると思っていた時間は私の思う時間より圧倒的にずれていた。
というか、追跡結果をよく見たら、途中で時が止まっていた。
それ相応の移動をしているはずなのに、日付が変わっていなかったのだ。
(そのあたりで子午線とか越えたのだろうと推測する)
おかげで「なぜ受け取りにならないのか」と、ややしばらくヤキモキしていた。
そりゃそうだ、その時間は北米圏では真夜中だったりするのだから。


時を越えたら、また謎が

時差という存在を思い出し、改めてじっと受け取りされる日を待っていた。
そして何度目かの追跡サイト更新でようやく光った「配達完了」の文字。
しかしそこには「Driver release」と書かれている。
英語力のない私には、これだけでは意味が分からない。

翻訳サイトにお願いしたら「それはドライバーリリースだ」と教えてくれた。


うん惜しい、全く分からん。あと一声。


結局、検索サイトで調べた結果「サインなし、ドライバーさんが荷物を置いてきたよ!」という話だった。
そうか、サインはしてもらえないのか。
ってことは玄関先で荷物が放置されている可能性もある訳だし、これはちょっと由々しき事態では。

なんて思っていたら、海外では俗に言う「置き配」が主流なのだとか。
先に言ってよと思ったけど、これもまた文化の違いだ。
どこまでも面白い。

そんな訳で、数時間後には相手方から「受け取った」と連絡があった。
関税もかからなかったらしい。
紆余曲折だったなあと思ったが、蓋を開いてみれば何の問題もなく荷物が届いただけだった。
ありがとう某黒い猫さん、ありがとう関わってくれた全ての人たち。


海を越えて届けたもの、そして受け取ったもの

たくさんの人たちのおかげで、私の掘り出した宝物は、大切にしてくれる人のもとへと届けることができた。
何か月もかかったけれども、改めて宅配のありがたさと優秀さを感じることができた。
そして、国を越えて交流することの面白さを知ることができたと思う。
文明の利器たちを駆使していけば、結構どうにかなるものだ。
遠いと思っていた国はこんなにも身近だったし、宝物を届けるだけでこんなにも面白かった。

このご時世でおいそれと国外へ赴くことはできないし、国内に迎えることも難しい。
けれども荷物ひとつ、メッセージひとつで、国を越えてこんなにも面白い体験ができるのだ。

「配達完了」のメールを眺めながら、思わずニヤリと笑ってしまった。



この世界には、まだまだ楽しいことがいっぱいだ。

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