ある日のA君
過去に書いていた記事をアップしていなかったので、載せておきます。
A君は勉強が嫌いだ。
A君は授業が嫌いだ。
いつも時計を気にして、授業が終わる時間を待っている。
いつも下校時間を待ちながら学校で過ごしている。
それは、1年生の時から変わらない。
ずっとずっと、勉強が嫌いで、授業が嫌いだ。
毎日6時間、週に30時間、、、ずっと辛い時間だ。
勉強も、授業も面白くない。友だちともうまくいかない。
A君は、学校が嫌いなのだ。
A君の気持ちを考えると、辛い気持ちになる。
A君の本当の笑顔を見たい。そう思って、毎日少しずつ何かを試す。
毎日、毎日、、、うまくいかない。
そんなA君のある日。
ある算数の授業。
『わり算の性質』の授業。
「わる数とわられる数に、同じ数で割ったり、かけたりしても商は変わらない」、この性質を使って、900÷300や80÷20を簡単に解く方法の良さに気付ける時間にしたい。
ここまで、何の変哲もない普通の授業。
6500÷250を出題した。“その時”がやって来た。
両辺を100で割れない事に困惑する子ども達。
÷10をするだけでは、簡単になっていないと不安な様子。
ほとんどの子どもが、不安な気持ちを抱えながら÷10をして、筆算や暗算で計算する。
すると、A君が急に手を挙げる。
「250って、4倍したら1000になるやろ?1000の中って、500が2回入るやろ?6500って、500が13回入るやろ?やし、その2回分やから、13×2で26になるんやない?」
えっ!?
教室中が驚きでいっぱいになる。
「今、A君の言った事が理解できた人?」
1人も手を挙げない。
「すごい考え方だから、もう一回みんなにお話してくれる?」
もう一回話をするも子ども達は理解できない。
でも、自然と拍手が聞こえてくる。
「わからないけど、めっちゃすごい!!」
口が悪く、暴力的で、周りから疎まれてきたA君。
いつも“終わり”を気にして、注意され続けてきたA君。
わり算の性質は、一部しか使えていないかもしれない。もっと良い考えがある。
しかし、この数感覚は、A君が数を愉しむためのタカラモノ。
このタカラモノが、クラスで輝いた瞬間だった。
次の日は、『簡単な割合』の授業。
A君は、いつものように“終わり”を気にしている。
でも、発表はしないものの“差で比べる方法”の正しさを呟いている。
“倍で比べる方法”に出会って、その考えを見直している。“倍で比べる方法”を発表した友だちに、「だってそれやったら…」と言ってみる。
その返事を聞いて、「あれ?」と呟く。
A君は、A君のままだ。何も変わらない。
けど、何かが変わってきているのかもしれない。
そんな事を考えたA君にまつわる“ある日”の“ある授業”。