症例振り返り6 「首の問題・・ですよね?」整形外科で見られがちな痛み、神経痛性筋萎縮症(Neuralgic Amyotrophy)
整形外科の先生から相談された症例です。「整形を受診する内科疾患」のカテゴリは結構ありますね。こんなパターンもあるよっていうのがあれば教えてください!
(症例は一部改変しています)
40代男性 左肩の痛みと左上肢のしびれ
整形外科 脊椎の先生が数カ月フォローしていた方で、神経根症だと思うが頚椎の画像ではongoingに進行するはずないのに症状が進行していて何かおかしいから見てくれないか?と言われて紹介となりました。
数カ月前に左肩甲部が痛くなり、週の単位で左上肢にしびれが出現した。しびれは上腕内側→前腕内側→第4,5指(尺骨神経支配領域と思われる4指の外側のみ)であった。
徐々にしびれは強くなり、今では感覚がほぼなくなってしまった。
その後投薬では改善せず、1週間前からは左手の痛みで顔も洗えない、靴下もはけない、横になって寝られないから座って眠っているとのことであった。
既往歴が腰椎椎間板ヘルニア保存的加療後です。
やっぱり首じゃないの?
症状からは頚椎症性神経根症っぽいんですけど、追加情報を聞いていくと全然ちがいそうでですね。
実は左足もしびれている。食欲や食事摂取は変わらないが体重がかなり減った、徐々に筋力も落ちてきてる感じ。
これはさすがに整形疾患ではないなと思って色々身体所見を取ると、上半身を裸にしてみると左肩周囲が右と比べて痩せていて、MMTも棘下筋、三角筋、棘上筋で落ちてたんですね。
末梢の筋力低下はなさそうだけど、感覚障害はやっぱり尺骨神経領域です。
腱反射は少なくとも亢進はしていませんでした。
何らかの神経疾患で筋萎縮もきたしているのだろうと考えますよね。
神経疾患の基本は解剖学的診断と病院的診断です。
解剖学的診断
解剖学的診断の基本は①中枢、②末梢神経、③筋肉のどこかを考えるところから始まり、中枢だとすると脳or脊髄を考えることになります。
ここで重要になるのが筋委縮、腱反射、感覚障害の評価です。
筋委縮:筋肉、下位運動ニューロンの障害で見られる。中枢性疾患では麻痺は出ても筋委縮はでない。
腱反射:中枢性疾患では亢進し、病的反射を認める。筋トーヌスの亢進も認める。末梢神経・筋肉では減弱消失し筋トーヌスは低下する。
感覚障害:筋疾患ではみられない。中枢性疾患ではまだらな感覚障害を来たし、末梢神経障害では支配領域の感覚障害を来たすが運動麻痺部と重なる全感覚障害のことが多い(運動線維と感覚線維が末梢神経では並走するため)
上記を加味すると、今回は末梢神経障害パターンになりそうです。
頸部可動に伴う増悪から神経根障害があり、かつ尺骨神経領域の麻痺からより末梢の神経障害も伴っていると考えました。
病因的診断
病因を決めるのはtime courseです。今回は急性~亜急性の経過で、かつ以前のヘルニアと診断されたときのことも含めると急性再発性の経過も考慮すべきで、下記病因が考えられます。
急性:感染性、免疫性、中毒性、代謝性
亜急性:占拠性、感染性、免疫性
急性再発性:脱髄性
臨床診断
解剖学的診断+病因的診断から臨床診断を行っていきます。
左肩甲部から上肢に疼痛と麻痺を来たす末梢神経障害を病因ごとに考えていくのですが、ここで以下を埋められない自分に気づきました。
感染性:
免疫性:
中毒性:
代謝性:
占拠性:
脱髄性:
なんとか絞り出したその時の頭の中が以下
感染性:帯状疱疹とか?AIDSでもありえるのかな?
免疫性:知らない
中毒性:知らない
代謝性:ビタミンやアルコール、DM、
占拠性:Pancost腫瘍とかの検索はしておくか?
脱髄性:GBS、CIDPくらいしか知らない
神経内科を回っておらず、経験症例に乏しくどんな疾患があるのかすらわからない状況でした。
ここでタイミングよく上司が登場し、プレゼンしたところ「鑑別はPancost症候群やコロナワクチン後のリンパ節腫脹(左腕だし)などの占拠性病変だが、神経痛性筋萎縮症が一番疑わしいだろう。体重減少も併せると免疫介在性の要素もあるかもしれないから甲状腺機能は評価しておこう」との返事で恥ずかしながら、神経痛性筋萎縮症?なにそれ?って感じでした。
神経痛性筋萎縮症 Neuralgic Amyotrophy: NA
「一側上肢の神経痛で発症し、疼痛の経過以後に限局性の筋萎縮を生じる疾患であり、腕神経叢およびその近傍の末梢神経を病変の首座とする疾患」で
「神経痛で発症する免疫介在性の腕神経叢もしくはその近傍の神経炎」が大枠だそうです。
なるほど、今回の経過と似ています。
肩甲部や肩の痛みから上肢がしびれると、整形外科に「肩関節の疾患」「頚椎神経根症」としてまず受診して画像上でちょっとでも「らしさ」があればそのまま保存的加療で経過観察されてしまいそうです。
ただ、症状出現がゆるやかである点。筋萎縮を来たしているのにまだ痛みが持続している点は典型的ではなさそうです。
決めてはSTIR-MRI所見
同日にMRI撮影し、病側の腕神経叢がSTIR-MRIでhighとなっており神経内科にコンサルトする方針となりました。
神経痛性筋萎縮症であれば治療はステロイド、IVIGとなるようです。
予後は良好ではなく、75%に後遺症があり25%は就労不能となるとのことです。
まとめ
整形外科で肩が痛いということで見られている患者の中にNeuralgic amyotropy:NAがまぎれている可能性がある。
神経症状を見たときは①中枢神経②末梢神経③筋肉の解剖学的診断をするために筋萎縮、反射、感覚障害の3点を確認する
病因的診断はtime courseから考える
臨床診断をするには疾患概念の知識を増やす努力が必要である
知らないものは診断できない。今回の症例経験を大切にしていきたいです。