いつでも答えたりできるように

 教育実習を受ける前の事だったと思う。実習の準備期間ということで、彫塑を専門にしている教授から、講義を受けている時だった。

なんで絵の勉強なんてしないといけないんですか?と聞かれたら君は、どう答えますか?

と、唐突に質問されることがあった。当時の私は、なんの答えも持ち合わせていなかったので、答えられなかった。

先生としては、子供からどんな事を質問されても、ある程度は、答えられるように準備しておきなさいという、そういう話だったと思う。

こうしてふりかえってみると、大人の人達からは、何度かこの意義に関して質問されたのだが、子供たちからされたことは、今のところ経験したことはない。それは、私が選択制の講義を受け持っているからかなと思う。自分から絵の勉強をしたいと思ってくる人は、さすがに意義について尋ねてくることはないだろうから。

ではどんな質問が飛んでくるんだろう。

だからといって、別の質問がとんでこないとも限らない。どんな質問が飛んでくるのか考えていたら、最近、見ていたYoutubeでのプロのイラストレーターさんの添削動画を見る機会があった。そこでは、SNSの拡散率を指標に話していた。

商売としてやっていくには、やはり見せ方のシビアな話は、避けては通れない。

言葉こそ随分と厳しいが、私としてもよくやってしまうミスを指摘している場面が多々あったので、いい教材だなと眺めていたわけだが、もし、私のところに来るなら、やっぱりこういう現役のプロの指導技術とか、制作技術と比較した質問が来るんじゃないかなと思ったのだった。例えば、先生バズった絵とか描いたことあんのとか…まぁ、これは昔っから有名な絵を描く人ですかって、そういうことは尋ねられた人も少なくないんじゃないのかな。

ともかく、例えば、RTされるためには、どんな絵をかけばいいんですかとか、もっといいね押してもらえるには、どうしたらいいんですかとか、そういう質問が来そうだなって思った。

その時に、いいかい、絵とはね、RTされるために描くんじゃぁーないんだよみたいな道徳観というか、そういう方向に話を持ってくのは、随分と不誠実かなと思ったのだった。私としては、絵を描くのにRTもいいねもいらんと思ってはいるが、そんなことは関係ない。相手の出してきた問いというか、プロジェクトに自分の知性と技術をもって取っ組み合いをしなくちゃならない。

やり取りすることを恐れない

私が思うに、自分の能力を超えた質問が飛び出してきたときに、その子と私は、教師と生徒という構図から、共同研究者になるんじゃないかなと、勝手に思っている。というのも、二人とも分からないことをふたりで解明して、実行してみようという風になるからだ。描いたことない、考えたこともない、だから教えられない、というのも馬鹿げた話だ。少なくとも薄っぺらいなりにやってきた経験や知識から、どんどんモノを考えればいいそれだけだ。

私は誰かの後追いじゃない。一応、みんなと同じ時間の最先端を一緒に走っているわけだ。だからこの瞬間、未知に向かって立ち向かっていくのだって、悪くないじゃないかと思う。

彫塑の先生が言いたかったことは、なんでもかんでも知識として身に着けて、説法しろとそういう事じゃなかったんだと思う。何でもいいから受け答えして、どんどん会話を広げて、子供と一緒に、発想や思考展開していけって事じゃないのかなって思ったのであった。

さいごに

尋ねられたら推測して会話しようってことだったんですねって先生に、今、話しても、凄くいい顔で、うぅうん、違うな、と答えられそうではあるが、自分なりに咀嚼して、飲み下した気もするから、それでいいやって思う。

既に退官されていると思うので、中々会う機会もないとは思うが、卒業してから7年、先生からもらった思考を転がして発想が広がったことが嬉しい。






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