作品「小さな電車」


小さな電車       
 

 
「京都岩倉の病院に入院しています」 
若い知人からメールが届いた
翌日 
奈良から電車を乗り継ぎ北へ向かった
空は真冬に珍しく快晴だった
鴨川の合流地点に近い
京阪出町柳の駅から
叡山電鉄に乗り換える
紙細工のような一両だけの電車に
そっと乗りこむ
ちゃんと走るのかな という心配をよそに
電車はゴトゴトゴトと動き出す
でも 
やはり
走り疲れるからか 
一、二分おきに休憩をとる
 出町柳 
 元田中 
 茶山 
 一乗寺 
郊外にさしかかると
雑木林も見えてくる
 修学院 
 八幡前 
 岩倉

雨やどりに最適 といった風情の
駅舎を出て病院へ向かう
ショートケーキを二つ買って 
澄んだ川沿いの道を歩いた
比叡山がどっしりと見え 
空気は奈良と同じにおいがした
ちょっとしたピクニック気分だった
病院で久しぶりに知人と再会し
面会室で三時間近く話し込む
しかし 私は途中で何度も逃げ出したくなった
この世から はかりしれない悪意を浴び 
生きる意志を失った知人にかける言葉は 
どこにもないのだ
これまで経験したことのない無力感に私は打ちのめされた
 
帰り道
小雪が舞う中
私は
知人の話を思い返して
世界は間違っている と断定し
泣きながら
岩倉駅に着いた
 
やってきた電車は
ゆっくり
ゆっくりと
私を温めながら走ってくれた
私を静めるように運んでくれた
 
出町柳の駅で降りるとき
私は
「また来るよ」 
小さな電車に声をかけ
冬空のつづく京都の街を歩きはじめた







『歩きながらはじまること』(七月堂)
『朝のはじまり』(BOOLORE)

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