作品「卒業写真」
卒業写真
下京区寺町通松原下ル小林ビル二階、三階。
まるで大人のための保健室のような喫茶店だった。体調の良し悪しにかかわらず、ちょっと寄ってみたくなる場所だった。狭い階段を上り、「M」のプレートが目印の扉を開け、「こんにちは」、店主と挨拶を交わす。そして、いつもアイスティーという甘い薬を飲んで、ボンヤリしていた。
その店は、ひとりでやって来る人が多かった。
しかし、客同士が初対面でも、店主の気さくなとりもちで、すぐにうち解けて面白い話が出来た。そして、帰る時には、お互いに、にっこりと会釈を交わす珍しい店だった。他に誰もいない時は、ゆっくりと眠たくなる理想的な喫茶店だった。それは、心地良い狭さと、選ばれた清潔な什器と、どこかノスタルジックな音楽と、丁寧に時間をかけて生み出される珈琲や紅茶によって成り立っていた。
さらにもうひとつ、上の階には、美術室も用意されていた。そこは、保健室に集まる人たちの表現活動の場となっていた。絵画、写真、インスタレーション、時にはライブまで行われた。個人の自由な文化発信の部屋だった。僕も、その場所で初めて茶色の小詩集を発表した。新たな僕のはじまりの場所。僕の中の新たな京都になっていた。
二〇〇九年十一月。
いつものように立ち寄ると、突然、店主から、この年末に店を閉めることを聞かされた。
小さな学校が、廃校になることを知った。
その学校の名は、ミズカ。
十二月。
美術室で、最後の展示が行われた。
ミズカに集った人々の卒業写真が、
白い壁を埋め尽くした。
窓から差し込む冬の光は、
まだ、
まぶしかった。
『歩きながらはじまること』(七月堂)
『朝のはじまり』(BOOLORE)
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