修学旅行
「おい、マサ。もちろんまだ起きてるよな」
「え、この時間に寝るとかありえないでしょ、っていうかタクミは?」
「俺は起きてるよ、バチクソ眠いから寝るけど」
「つれないこと言ってはなりません。お前、連れション文化ナメてるだろ、ってことで恋バナを始めまーす」
ここは京都のとある旅館の一室。消灯時間をとっくに過ぎた中、4人は未だ眠りについてはいなかった。
「あんま騒ぐと先生来るだろ」既に目を瞑っているタクミが注意を促す。「こういう冷静ぶってるヤツほど、先に寝まーすとか言って、狸寝入りで聞き耳立てるんだぜ」マサトは茶化すように言った。ヨシヒサは割って入るように提案する。「どうでもいいけど、コレ誰から言う感じだ?じゃんけん?夕飯でご飯おかわりした杯数にする?」「いやピンポイントだな、そして発起人がまさかの無計画!」ヨシヒサの提案に、ユウヤがツッコミを入れる。
「タクミ、寝るなら言ってから寝ようぜ」マサトがタクミに詰め寄る。「マコちゃん」タクミは動じることなく言い放った。
「はや、即答。え、恋バナってもっと、お前言えよー、やだよお前が言えよーみたいなやつじゃないの?そこまでして寝たいの?」タクミのあまりに早い回答が、ユウヤにはボケに感じられた。
「さすがタクミ、やはり俺が認めた男よ。ちなみに認めた理由はさっき食ってた米の量だ」
「まだ米のクダリやってる奴いたよ。どんだけ好きなの?おかわりの量競うの」
「でもマコちゃんを狙ってたのかぁ、意外だったわ。ちなみに俺は二組のミカちゃんだった」マサトがニヤつきながらに言った。ユウヤは下を向くようにして笑い、何かを悟ったようだった。「いや、それは」ユウヤが何かを言おうとした瞬間、ヨシヒサの声がそれを遮った。
「マサよ、ミカに手を出すんじゃーない」それまで真面目とは言い難い内容しか話さなかったヨシヒサが、神妙な面持ちになっていた。
「へえ、お前も、ミカちゃんのこと、好きだったりしたの?」マサトは笑いを必死にこらえながら質問する。
「彼女は、逐一何してくるのか聞いてくるぞ。しかも返さないと、こっちが何を言っても聞く耳を持たない。そういった意味では全ヘヴィー級タイトルを総なめにするほどの逸材だ」ヨシヒサがそう言い切ると、マサトは声をあげて笑った。
「あのさ、ヨシヒサ君、どうしてそうなっちゃうの、うん?」ユウヤが話に割って入る。「ヨシヒサさ、それはダメよ、確かに君にそう言ったけどさ、そんなヘヴィーじゃないって」
「え、何?ユウヤ奥さんのことそんな風に言ってたの?」マサトは囃し立てるようにヨシヒサに聞いた。
「高須です」
「いや、イエス高須クリニックがごっちゃになってる」
ユウヤのツッコミが部屋に響き渡ると、入り口側の襖が勢いよく開かれた。そこにいたのは担任の橋下先生だった。
「おい!お前ら、こんな時間まで起きてんじゃねぇよ!最近はもうこんな時間まで起きてることないんだよ、寝かせろ!」
突如として現れた先生に、皆一様に言葉を送る。
「せんせー、ユウヤくんが奥さんの悪口言ってましたー」
「3人がずっと騒いでいて僕は注意してましたー」
「オイラやっぱり自分の枕じゃないと寝れません」
「ヨシヒサがあることないこと言って困ってます」
四者四様の意見を耳にした先生は言った。
「お前らは、相変わらずだな!社会人そんなんで大丈夫か、先生心配だよ」
「まあこういう機会ですから、あえてですよ、あ・え・て」
「僕はしっかりしてましたよ、今も問題ないですから」
「先生は枕は硬い派ですか?自分柔らかい派なんでココのじゃ寝れません」
「お前はいつまで枕トークしてんだよ」
言葉では心配している一方で、先生がこの状況を楽しんでいるように、4人の目には映っていた。
「これさ、俺いつまで起きてればいいんだよ?お前ら絶対寝ないだろ、こんな時間に」先生は旅のしおりを見ながら言った。しおりの表紙にはこう書かれている。
『修学旅行のしおり 2020年度版』
そして、その上には赤ペンで大きく「振替!」と書かれている。
「いやぁ、確かに、誰かに寝ろと言われて寝る歳じゃないですね。でも、その先生に怒られるスリルもまた、修学旅行でしょ」
「修学旅行って言えばなんとでもなると思うなよ、明日清水の舞台から落とすぞ」
「先生、その時も一緒にいてね」
「ヨシヒサ、まずお前からだ」
「二組のミカちゃんも一緒でいいですか?」
「絶対ダメだろ。俺の嫁落とすなよ。って来てないし」
「愛する奥さんにおやすみコール入れなくていいんですか?」
「入れるかよそんなの!先生、これで僕困ってんですよ、分かってくれます?」
ユウヤが助けを求めるように先生に話を振った。
「それはちょっと、俺もそれ見てっていいか?」
「いや、アンタもかい」
ユウヤのツッコミで部屋が笑いに包まれる中、タクミは既に夢の世界の住人となっていた。そしてその枕元にはしおりの2日目が開かれていた。
「もう寝てるしって、タクミのしおり何これ?」マサトがスマホの明かりで確認する。そこにはタクミが書いたであろう、行きたい場所、やりたいことがびっしりと書き加えられていた。
「こいつが一番楽しみにしてるじゃねーか」先生が覗き込むように言った。
「だから早く寝たかったのか。よし、明日はタクミに起こしてもらうとして、我々は朝までそれ正解だな」
「いや、お前がイレギュラーすぎて合う気がしないわ」
「奥さんと2人なら答えが合うかもな」
「だまらっしゃい」
再び部屋が笑いに包まれた頃、旅行の2日目が始まろうとしていた。