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黒服の人

並ぶ黒服の人
空から舞う牡丹雪

 綺麗な顔のひとだな、と思った。
 お目当てのバンドと一緒にトーク番組に出ていた4人組のボーカルさんは、少し眠たそうな口調でのんびりと、でもどこかずれたことを言うところがすてき。一体、どんな歌を歌うのかしら。みいちゃんはあちゃん丸出しで、いそいそと動画サイトを検索する。フジ ファブリック。変な名前。
 いくつも出てきた曲の中で、選んだのに深い理由はない。軽快な、それでいて妙になつかしい気持ちになるキーボードのイントロが、心をひゅっと、いつかの夕方に連れていく。橙色に染まる空、ひとり見上げた帰り道。
 ふむふむなかなかいい曲だわね。偉そうにふんぞり返った知ったかぶりの胸の真ん中を、まっすぐな声が刺した。

  期待外れな程 感傷的にはなりきれず
  目を閉じるたびにあの日の言葉が消えていく

 あなたがいなくてさみしいと、歌う気持ちがわからない。
 さみしいのは、わかる。それを歌に乗せようと思うのが、わからない。歌は、心の底から溢れてしまうものだと思っていた。やりきれない、どうしようもない、身を切られるような痛みを、鼓膜をふるわせる振動に託すおこない。振動はひとの情動に直接働きかけるから、千の言葉をつらねるよりもはるかに簡単に、誰かを涙させることができる。だからこそ、預けるべきは生半可(なまなか)な思いではいけない。これはまったく個人的な考えだけれど、とにかくそんなふうに思っていて、ことに昔はもっと思いつめていた。
 わかさ、というのはおそろしい。今ふうに言えば、こじらせ女子。快復は一生見こめない。
 それでもそのとき、慢性化していた空咳(からぜき)は、一瞬止まった。
 あなたがいなくて、さみしいと思えないことが、さみしい。
 仲間がいた、と思った。 

小さな路地裏通りで 笑ったあなたの写真を
眺めてみんなが泣いてる
見送ったあとの車の 轍(わだち)に雪が降り積もる
そうしてるうちに消えてく

 「打上げ花火」にも驚かされた。ひと夏の恋、夜空に咲く華。安易なイメージをあざ笑うようなイメージの連鎖が脳をゆさぶる。なんたって、微睡む(まどろむ)お月さんの顔めがけて打上げ花火を撃っちゃうのだ。大惨事だ。
 「桜の季節」は、一見、切ない失恋を歌っているようで、よく聴くと主人公が自分のことしか考えていないのが素晴らしい。思い人が住む町を訪ねるのもいいかなと思う、ただし桜が枯れた頃に。それは永遠に来ない未来と同じことを言っている。いかにも色恋ざたに慣れていない、十代らしい臆病な思考。
 歌ががらりと変わるのはアルバム『CHRONICLE』だけれど、そのひとつ前、『TEENAGER』におさめられている「若者のすべて」にも、萌芽があるように思う。「桜の季節」と同じく、はなればなれになってしまった思い人を浮かべた主人公は、最後、そのひとに再会してしまう。登場人物に、思い残しをみずからの手でやり直す機会を与える。そのこと自体に詩人としての成長を感じて、これまた偉そうにうれしいうれしいと思った。
 今はお金がないから、いつかかならずライブに行こう。
 そう思っていた。

それは寒い日のこと とても寒い日のこと

 毎日サイトをチェックするような熱心なファンではなかったから、知ったのは何日かあとだったと思う。
 うそ、なんで。
 目の前が文字だけになった。
 亡くなったのは、12月24日と思われる。
 原因は、わからない。

遠くに行っても 忘れはしない
何年経っても 忘れはしない

 あれから11年。志村正彦の年齢を越して、久しい。
 なんで、に答えは返らなかった。返ったとしても納得はできなかったろうから、それでよかったと思う。
 ただかつて、電脳の海に浮かぶ細長い窓に名前を入れると、もしかしてこれを調べたいですかと心ない単語が付いてくることがあって、悔しかった。
 これは、ご遺族や仲間の皆さんの胸を痛める考えかもしれない。それでも、ずっと誰ともわかち合えなかったから、こっそり書く。
 あれだけ音楽を愛していたひとが、みずから命を絶つはずない。
 身体と、おそらくは心をも酷使したことを含めて、天命だった。
 あの年は、マイケルジャクソンと清志郎も橋を渡った。きっとあちら側で大きなフェスがあった。そんなふうに書いていたひともいた。不謹慎とは思わない。心をしぼりだすようにご自分を納得させたのだろうと思う。
 クリスマスイブは、祝う日でなく悼む日。まるきりそうなったわけではない。8回目か、9回目かのその日は、思い出したのは暮れも押しつまってからだった。あの日の痛みももう、肌で感じることはない。最初に聴いた歌のとおり、ひとの心は残酷だ。
 だからこそ、美しいのだと教えてもらった。
 あの世の時間の流れ方にはうといけれど、そろそろ生まれ変わったかなと思う。できれば今度は長くとも思うけれど、太く短く命を燃やすほうを選びたいなら、それでいい。たくさんの曲を生み出した実績のある魂で、音楽をつづけたらどんなかとも思うけれど、それもやってもやらなくてもいい。
 どうかすこやかに、幸せで。
 一度も会わなかったひとに抱く感傷としては、すこし度が過ぎるのだろう。

※引用部分
1,2,28-31,49,56,57行目:
フジファブリック「黒服の人」作詞:志村正彦 作曲:志村正彦
13,14行目:
同「赤黄色の金木犀」作詞:志村正彦 作曲:志村正彦






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