コンパウンドスタートアップのジレンマ 〜Ubieが生成AIで再度SaaS事業に注力する理由〜
Ubieで医療機関向け事業のプロダクトマネージャーをしている西村(@NishimuuuuR)です。
Ubieは、生活者向け事業・医療機関向け事業・製薬企業向け事業という複数の事業体と、そこから生まれる患者データ基盤により、「患者の治療に寄り添う医療プラットフォーム」へと成長してきました。
このような戦略は、昨今「コンパウンドスタートアップ」と呼ばれ、データ基盤を中心に、複数事業を加速的に伸ばしていく手法として注目を浴びています。
コンパウンドスタートアップとしてのUbieプロダクト戦略については、こちらの記事もご覧ください。
これまでUbieの医療機関向け事業は、SaaS事業として拡大しながらも、医療プラットフォーム構想を実現するという難題に取り組んできました。全体最適を常に考える中、多くのジレンマがあったことも事実です。
本エントリーでは、コンパウンドスタートアップのジレンマを赤裸々に紹介するとともに、生成AIの登場により生まれた今後の展望についてお話します。
サマリ
Ubieは創業当初からコンパウンド戦略を取り、生活者向け・医療機関向けの2つの大きな事業と、そこから生まれる患者データ基盤により、「患者に寄り添う医療プラットフォーム」へと進化してきました
一方で、限られたリソースにて複数事業を運営するため、一時的に注力度合いを落とさざるおえない事業があったり、データアセットを作ることを優先し顧客ニーズ十分にに答えられなかったりと、ジレンマもありました
この度、生成AIの登場により、データの一貫性を保持しながらも低い開発コストで、多種多様なユースケースに対応できるようになりました。医療機関により多くの価値提供をできることが分かってきたので、医療機関向け SaaS事業にも再注力していきます
リソース制約 vs 単一事業成長機会
コンパウンドスタートアップの肝は、全社最適と組織柔軟性
コンパウンドスタートアップの肝は、複数事業・複数プロダクトがありつつも、全体最適を考え、いかに素早く目標や体制を組み替えられるかです。スタートアップはただでさえ少ないリソースで戦う必要があるにも関わらず、「分配されたリソースの中で、それぞれの事業をできるだけ伸ばしてこう」という方針だと、全てが共倒れになってしまいます。
Ubieでは、目標管理方法としてOKRを採用し、3ヶ月ごとに「全社論点」と「優先順位」を見直しすことで複数事業間の全社最適を図れるようにしています。
複数事業は同じように成長するのではなく、反復横跳びしながら前進する
どんなSaaS事業でも「PMFが認められたらマーケット獲得チャネルが論点に」→「チャネルが見つかったら、スケールできるプロダクトになることが論点に」と、マーケット開発活動とプロダクト開発活動で優先順位を行ったり来たりさせながら前進させていくと思います。
それと同様に、コンパウンド複数事業も、「医療機関向け事業が進捗することで問診エンジン精度向上」→「問診エンジン活用して生活者向け事業をスケール」と、事業間で活動の優先順位を行ったり来たりさせながら、大胆に前進してきました。
優先順位が事業間で変遷するからこそ、単一事業観点では成長機会が目の前にあるにも関わらず、活動の注力度合いが下がることもあります。
顧客課題を解決することが何より大事だからこそ、ジレンマが生まれる
医療プラットフォームの主役はデータ基盤です。しかしながらデータは、顧客の課題を解決して初めて溜まります。よって、Ubieは、まず顧客に向き合うことを大事にしてきました。顧客に向き合うからこそ、事業の注力度合いを相対的に下げざるを得ない際には、耐え難い感情になる時もあります。
一方で、Ubieの非連続な成長の歴史は、この「一時的に注力度合いが下がっていた事業」の中から生み出されてきました。例えば、後ほど紹介する「生成AIでの病院業務効率化ソリューション」は、病院向け事業の氷河期時代にカスタマーサクセスメンバーを中心として生まれたものです。
どの事業に関わるメンバーも、Ubieのミッションである「テクノロジーで人々を適切な医療に案内する」ことや、そのための医療プラットフォーム構想に共感できているからこそ、中期を見据えられているのだと感じてます。
正規化データ取得 vs マーケットの拡大
コンパウンドの肝は正規化された問診データだった
医療機関 SaaS事業が展開する主力商品の一つに、紙問診のオンライン化を図る「ユビーAI問診」があります。
一般的なSaaS事業のミッションは、「獲得効率を下げずにマーケットをいかに拡大させるか」です。しかしながら「ユビーAI問診」の展開においては、医療プラットフォーム戦略の肝となる「問診エンジンの精度向上」のため、「正規化された問診データに対し臨床現場の中で正解データを返してもらう」ことを優先させてきました。データアセットを貯められる形式で、SaaS事業としてもいかにマーケット拡大させるか、この塩梅は非常に難しいポイントでした。
データ戦略とのジレンマ「非カスタマイズ戦略」
当時、WEB問診では、「紙問診をそのままオンライン化すること」が求められました。実際に、多くのWEB問診サービスが「顧客が自由に問診項目を設定できる」ことを謳う一方で、AI問診ユビーは「非カスタマイズ戦略」を取ってきました。前述したように、純粋なマーケット拡大ではなく、ユビーAI問診を広げることでの「問診エンジン精度の向上」が医療プラットフォーム戦略の肝だったためです。
非カスタマイズ戦略を探る中で、実は「従来の紙問診では診察に必要な情報が聞けず困っている」医療機関が存在することもわかり、「診察の効率化(医師の思考を支援する問診アルゴリズムを持ったAIが事前問診できる)」をメインメッセージにしました。
当時は、ニッチなソリューションになることで、獲得効率が下がり過ぎてしまうリスクとの隣り合わせでした。
「問診エンジン」から生まれたパーソナライズ体験
結果的に、臨床で磨かれたエンジンは、「まるで診察室で医師から問診を受けてるみたい」という問診体験を生み出し、生活者向けソリューションのバイラルマーケやリピーターを加速させました。
現在の「ユビーAI問診」は、「問診エンジン精度向上の大役」は終え、医療機関のニーズに合わせたカスタムも可能になっています。
生成AIにより、コンパウンド戦略が捉える業務範囲が飛躍的に伸びる時代
リソース制約からの解放「多種多様なユースケース対応が可能に」
これまでも多くの医療機関から、問診業務だけではないエンドツーエンドの業務支援をご要望いただいてきました。ただ、ユビーAI問診を販売・導入する中で、一人一人の医療従事者みなさんに効果を実感してもらうためには、膨大な「個別最適開発リソース」や「カスタマーサクセスによる個別設定リソース」が必要なことも分かっており、多種多様なユースケースへの展開を踏み切れずにいました。
例えば電子カルテの記載方法一つにおいても、医師・看護師ごとに独自に積み上げてきたフォーマットがあり、業務効率化の効果を実感してもらうためには、それぞれに独自の開発と設定をする必要があったのです。
しかしながら生成AIにより、医療従事者や医療機関ごとの個別対応に対して、プロダクトで対応する必要がなくなりました。プロダクトとして共通基盤だけ用意しておけば、生成AIを活用して簡単に低インベストで個別対応が可能になったのです。
正規化データ取得からの解放「揺らぎのあるデータも活用可能に」
医療機関で扱われるデータ形式は様々です。医師や看護師ごとに診察記録方法も異なれば、患者からは紙で提出されるものもあります。これまでは、一貫したデータとして扱えるものが「問診データ」のみであり、問診データを中心にデータ戦略を展開してきました。
これもまた生成AIにより、多様なデータ表現を容易に扱うことが可能になり、広く診察にかかわるデータを中心に業務プロセス全体へのソリューションを提供していけるようになりました。
一貫したデータ基盤により、トータルソリューションへ進化
ユビーAI問診では、初診外来での業務効率化が中心でしたが、現在すでに外来〜入院までのトータルソリューションが提供できるほどにユースケースが拡充されてます。
Ubieはこれまでもアジャイル開発により価値提供スピードを強みにしてきましたが、生成AIによりそのスピードが何倍速にもなっている実感があります。
今後の展望
医療機関と生活者とのデータ連携を通じた医療プラットフォーム
Ubieはコンパウンド戦略により、生活者向けサービス・クリニック向けサービス・病院向けサービスを持っています。また、生成AIにより、生活者・クリニック・病院間でやりとりされる多様な情報を一貫したデータ基盤にすることが出来るようにもなりました。
これから、患者データ基盤を中心に、「患者の上手な医療のかかり方」や「医療機関間の連携」を促すことで、地域医療連携を支援できる医療プラットフォームになっていきます。
おわりに
Ubieは創業当初からコンパウンド戦略を取ってきました。SaaS事業単一で伸ばしていくのも難しい中、アセットを意識しながら複数事業の舵取りをする戦略は、多くのジレンマを生みました。
結果として、現在多くのアセットが同時多発的に生まれており、生活者・患者・医療機関・製薬企業に対し、唯一無二の価値提供ができる準備が出来てきています。
生成AIの後押しもあり、これまでの何倍もの速さで価値を提供できることもわかりました。
これからが本番です。ジレンマに直面して日々悩みながらヒヤヒヤしながら事業を前進させるのって、なんだかんだ楽しいですよね!
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参考文献
コンパウンドスタートアップについては、Layer Xの福島さんの記事を参考にさせていただきました。
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