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『クリスマスとよばれた男の子』映画と原作本 両方の楽しみ
♪ 翻訳家 杉本詠美さん スペシャル・エッセイ ♪
ネットフリックスで11月24日に公開されて大好評の映画『クリスマスとよばれた男の子』。原作本の訳者である杉本詠美さんに、映画と原作本の魅力についてご寄稿いただきました。
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「写真の中から赤い帽子のネズミのミーカ、ファーザー・クリスマスと猫のスート、真実の妖精の家、ネズミのマールタを探してね! ほんとはトナカイのブリッツェンもいるんですが、気まぐれなので、どこかに飛んでってしまいました」
映画『クリスマスとよばれた男の子』、もうご覧になられましたか? 原作を訳しながら、この美しい情景を映像で見られたらどんなにすてきかと夢見ていましたが、それがついに現実となりました。まっ白な雪におおわれた森や平原、高くそびえる山。信じる者だけに見えるエルフの村……。
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本も映画も、作品にこめられた願いは同じ
物語は、旅に出て帰らぬ父を追って伝説のエルフの村を目指したニコラス少年が、さまざまな苦難を乗り越え、やがてあのサンタクロースになるというもの。
映画には、この話を現代のイギリスで語るおばあさんとそれに耳をかたむける子どもたち、ニコラスが「クリスマス」と呼ばれた理由など、独自の要素も加えられています。
小説では名前しか出てこない国王がゆかいな役回りをし、悪役ファーザー・ヴォドルはマザー・ヴォドルという複雑でせんさいな内面をもつキャラクターとして描かれています。
でも、作品にこめられた思いは同じ。世界じゅうのひとに幸せになってほしい、ささやかでも希望をもってほしい。それがサンタクロースの願いであり、作者マット・ヘイグの願いであり、わたしの願いでもあります。
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【クリスマスは世界を救う】シリーズ(全3巻)、【真実の妖精】シリーズ(全2巻)
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父から受け継いだ「赤い帽子」が意味するもの
作者は若いころからうつ病に苦しんできました。生きることをやめてしまいたくなるほどのつらさや絶望を、身をもって味わっています。
だから、作品はハッピーエンドでも、世の中の苦しみが魔法でぱっと消えてなくなるような書き方はしません。
この物語の主人公ニコラスも、想像を絶する悲劇や過酷な状況に何度か心折れそうになりながら、悲しみ苦しみを心にかかえたまま前に進みつづけ、自分らしい生き方を見つけようとします。
この話には、貧しさやうまくいかない暮らしのつらさから、冷淡になったり、他人に悪意をぶつけたり、悪事に手を染めてしまうひとびとも登場します。
ニコラスは(つまり作者は)、そんな人間の弱さにも心を寄せます。悪人にもどこかにいいところがあると考え、それを父親のかぶっていた帽子にたとえて、こう言います。「よごれで見えなくなってるときも、下にはちゃんときれいな赤色がある」
そして、父の帽子を洗ってかぶり、「自分はよい心を持ちつづけよう、けっして失わないようにしよう」と誓うのです。
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原作で、続編で、ニコラスの活躍を
お楽しみください!
少年ニコラスがその決意をしてから、子どもたちにプレゼントを配ることを思いつくまで、小説ではたいへんな年月がかかります。10年? 20年? いいえ、もっとです!
森の奥の小屋で父親と貧しく暮らしていた男の子があのサンタクロースになるまでの、長い長い道のりを、ぜひ小説で一緒にたどってみてください。
さて、そんな旅路も、つらいことばかりではありません。ニコラスを笑顔にしてくれる存在との出会いがあります。
映画版で人気者となったネズミのミーカは、小説でもニコラスのよき相棒。トナカイのブリッツェンは、がんこでたのもしく、いたずら好きで、小説ではニコラスのかわりにいじわるなカルロッタおばさんに仕返しをしてくれます。
エルフたちは本来、みんな陽気で親切。なかでも、リトル・ノーシュのかわいらしいことといったら!
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作家ディケンズさんも登場します! もちろんニコラス(ファーザー・クリスマス)もね。
そして、忘れてはならないのが、真実の妖精です。もしかしたらマット・ヘイグは、初めはチョイ役のつもりであの妖精を登場させたのかもしれませんが、よほどのお気に入りになったご様子。シリーズ第2巻『クリスマスを救った女の子』、3巻『クリスマスをとりもどせ!』と進むにつれ、出番も増え、魅力度も増していきます。
さらには別シリーズで、真実の妖精を主人公とした絵物語も書いています。映画の妖精もキュートでした。胸の奥をくすぐられるようなあの笑い声!
映画で真実の妖精にハートをつかまれたみなさん、今度は本の中で妖精さんとの再会を!
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この妖精はワケあって本当のことしか言えないのだけど…。そんな真実の妖精のおはなし。
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