馳浩石川県知事にエンタメの極地を感じた話②

今日の記事は昨日の記事の続きになるので、まだ昨日の記事を読まれてない方は先にそちらを読んでいただいたほうが良いかと思います。

(昨日の記事)

昨日は「プロレスファンだった西村少年が馳浩のファンになるまで」という、共感もへったくれもない記事を書き綴りました。

1月1日のリングに立っている馳浩(県知事)に感銘を受けすぎて書かずにはいられなかった超自己満記事です。

今日はその続編です。


目に飛び込んできた「県知事選立候補」の文字

あれだけ熱狂していたプロレス熱が冷めたのは大阪に出てきたタイミングでした。

音楽の専門学校に入学して音楽のプロを目指し出したことで、暇があれば音楽を聴いたりCDを漁りに行ったり練習をしたりという時間の使い方に変わっていったので、趣味に使う時間は皆無になったためです。

何年間も毎週書い続けていたプロレス雑誌もすっぱり買わなくなりました。

ちなみにその月日が流れている中で、馳浩というレスラーは引退をします(2度目)。

長らくプロレスラーと国会議員の二足のわらじを履いていた彼ですが、議員活動に専念するということで2006年に引退試合を行います。

ネットニュースとかで僕もそれを目にはしたんですが、その頃はもう「馳辞めるのかー」くらいの熱量で、その後彼は国会議員として文科省大臣にまでなるんですが、そのニュースも「すごいなー」くらいの感じで。

しかしある日、ネットで目にした文字に思わず声が出ました。

それが「馳浩衆議院議員 石川県知事選に立候補」というニュース。

僕は自分でも自覚しているんですが異様に郷土(石川県)愛を持ってまして、どこに居ても地元ニュースは常にチェックしている人なんですが、退任を表明した谷本知事って人は30年くらい知事やってたんです。

だから僕が小学校くらいからずっと知事はその人だったんでその谷本さんがいよいよ辞めるってことで、30年も勤め上げた人の後任ってなかなかだよなって空気になって、まあ有力なのは副知事か金沢市長(県庁所在地)かなあ…みたいな県民の空気だったんですが…

そこにきて馳浩立候補でございます。

僕はちょっとテンションが上がったのを覚えています。

子どもの頃(中高ですがまあ子どもと言わせてください)、熱狂した大ファンのレスラーが自分の故郷の知事になるかもしれないっていうワクワク感。

20年分くらいの空白が一気に縮まったような感覚でした。

そして馳さんは見事当選して、去年の3月に正式に「石川県知事」に就任しました。

それからというものの、地元ニュースをチェックしたらとにもかくにも「馳浩」が出てきます笑

定例会見の切り抜き記事や、施設巡りの映像や、地域の方々との会合などなど。

そりゃ知事なんだから当たり前なんですが、全然しっくりきません。
やっぱり姿を見た時の感覚がまだまだ「馳知事」とか「馳さん」というより、あの頃のヒーロー「馳浩」なので。

就任されてからのこの一年弱、めちゃくちゃ違和感を感じながら地元の知事を見てきました。

そんな中、いきなりSNSで飛び込んできたのがこの画像です。


昨日の記事から合わせてここまで読んでいただけたら、さすがに察していただけますでしょうか僕の混乱っぷり。

実はこの大会、この試合の一人だけ「X」という表記だったんです。

プロレスでの大会場ビッグマッチではよくあるんです「X」という枠。
誰が来るのか当日のお楽しみ枠。いわゆるシークレットゲスト。

で、毎回プロレスファンの中で「あいつじゃね?」みたいな予想をしながらワクワクするんですが….そのXの正体が今回は馳浩だったわけです。

正直、誰も予想してなかったと思いますよ。

引退して十何年も経ってるし還暦も超えてるし、なにより24時間365日が公務だとかすら言われる「知事」です。

そんなもん誰が予想できますか。

ただ、よく考えたらとてもこれは粋な話で、この大会は馳さんの若手の頃からの盟友「武藤敬司」の引退ロードとなってる大会でして。

多分なんですけど、武藤さんが「馳出てよ」とか言ったんだと思います。
(それくらい軽いノリで大事なオファーしそうな人です)

友達として。かつての仲間として。自分の引退に花を添えて欲しくて。

そこで多分、馳さんは知事だとかなんだとかそんなことをさて置いて出場したんだと思います。

プロとしてしっかり身体も作って。
その結果のX=馳浩だったんだと思います。

その試合が1日にあり、昨日の地元紙の一面と社会面にそれについての記事がどさっと載っていて、僕がそれを目にしてこの連載(?)がスタートしているという経緯です。

※ようやくスタート地点に辿り着きました

その新聞の記事の内容で僕の興味を惹いた部分は、試合そのもののことではなく(それは映像で見たから知ってる)賛否の声の部分でした。

「常に公務というものを抱えている知事がプロレスの試合とはいかがなものか」

「プロレスの試合中に地元で災害が起こったらどうするんだ」

「もし万が一大怪我をしてしまったら県政に支障が出る」

等々。

あと、夏くらいから「どうやら1月1日のプロレス出場のオファーに知事が前向きらしい」という情報をキャッチしていた後援会の幹部の方が「知事がプロレス出るなら後援会を辞めます」と言ってたとか、秘書が「プロレス出たら秘書辞めます」と言ってたとか。笑


そこの賛否の議論や良し悪しの部分はさて置いて、そういう声が挙がるという状況も一定の理解はできます。
(なんせ知事ですからね笑)

ただ彼はリングに上がりました。

そして特筆すべき部分は…

「かつての仲間がサプライズでリング復帰した」とか「知事なのにリングに上がった」みたいな出オチとかイロモノ的な感じで盛り上がったとかじゃなくて、現役顔負けの肉体と破壊力で子供くらい歳の離れたトップレスラーと一級品の試合を行ったという部分。

試合映像を見たんですが、マジで一ミリの手加減もなくボッコボコに殴られ蹴られてました。

いや、逆に言うと現役のトップ選手が遠慮なく殴る蹴るができるくらいの信頼感を馳浩が纏っていたということです。

プロレスというのはただ相手を倒すんでなく、暴力と暴力のセッションです。命懸けで「試合」という作品を作る世界なのです。
なのでとにかく信頼関係で成り立っています。
(ここについてはもっと長くなるから聞きたい人はまた僕を酒の席でつかまえて聞いてください)

ここで僕は思ったんです。

「なんなんそのボケ」と。


県知事が正月にリングに上がって現役バリバリの選手たちにボッコボコに蹴られまくり、逆に殴り返し、ジャイアントスイングでぶんまわし、最後は投げ技で勝ってしまう。

こんな大ボケかませる人、世界中で他に居るでしょうか。

こんな文字通り命懸けでエンタメやってる人、他にいるでしょうか。

だって物理的にくっそみそ蹴られまくってるんだもん。

そんな人が、僕が中学時代に熱狂してた人で気付けば自分の故郷の知事になってた人。

しかも賛否の声なんかどう考えても渦巻くし、知事としての自分の支持率とか人気みたいなものをちょっとでも心配したら二の足踏みそうなものですがそんなことはどこ吹く風で、出たいから出た感じとか。

試合後のインタビューでも「つまらない質問するな」とか「しょっぱい質問しかこないからおしまい!」とか終始不機嫌で悪態ついて会見を切り上げたり(プロレスの一番のエンタメ要素)。

それも知事としての何たるかを考えたらやっぱりできそうにないことで。


※ちなみに試合後会見がこちら


ついつい人は、立場とか体裁とかそういったものに惑わされたり引っ張られたりして、本当に心からやりたいことを爆発させれているのかと問われたら、自分に懐疑的になってしまう人も居ると思います。

エンタメ業界も例に漏れずでしょう。

そんな中、この馳浩という男から僕は正月からガツンと一発喰らわされた気分でございます。

ヒーローはいつまでもヒーローでした。

(※だからって県知事としての資質としてどうだなんだって話は置いといて。そんな話がしたいんじゃないんで)

ちなみに本日(4日)、知事の念頭記者会見がありました。

そこで県民から賛否の声が挙がっていることに付随していろいろ質問が飛んだんですが、彼が放った一言。

「私は死ぬまでプロレスラー」

そして…

年末年始は休暇を取っていたとのことで、試合出場に関しては「休暇中のことであります」とひと言。

やっぱりおもしろすぎるよ。

「知事」がそこまでぶっとんだエンタメやるのはさすがにずるいよ。

ちなみに(知事になった今はどうか分からないけど)ちょっと前に彼が語ってた夢を覚えています。

「総理大臣になってSPを連れてリングに上がること」

多分、人類史で後にも先にもこの人しか到達できなさそうな夢。

僕はあの頃の少年の気持ちのまま、そんな馳浩を応援しようと思います。

2日間お騒がせしました。
明日からもうちょっとまともな記事に戻ると思います。

ではまた。


[P.S.]
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西村広文 HirofumiNishimura
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