「ありえた可能性」を内省するオンボーディング向けワークショップ『アンビバレント・レター』
本コラムは2023年MIMIGURIアドベントカレンダー13日目の記事です。
MIMIGURIのリサーチャーの座敷童子(@a_praxisnohito_)です。西村とも呼ばれています。昨年に引き続き2度目のMIMIGURIのアドベントカレンダーです。「冒険」をテーマに、中途入社の方のオンボーディング向けのワークショップ、『アンビバレント・レター』を作ってみたのでご紹介します。
今年、MIMIGURIのメンバーは70名を越えました。殆どの方が中途で入社されている中で、ぽつんと新卒2年目の自分がいます。そのため「前職」を持つ中途メンバーと、なかなか「前職」に関する話題についていけないところがありました。しかも「前職」を持つ中途メンバーは、自分の所属していた会社から別の会社に移るという思い切った意思決定をしているわけで、今の会社から転職する気が生じていない自分としては、何が「仕事を変える」という行動に駆り立たせているのか、そもそも「岐路」とはどういうときにやってくるのか、イメージがつきませんでした。
また、MIMIGURIの中でプロジェクトをご一緒したりする中で、メンバーがさまざまな思いの「選択」の末に、MIMIGURIに到達していることを知りました。ただその「選択」について、現在どのように評価しているのかについては中々聞く機会はありません。人生の岐路に立ち、思い切って選択した後に思い描いた幸せは本当にやってくるのでしょうか。また選択後に待っている人生の不確実性にどう向き合っているのでしょうか。
こうした「問い」のもと今期作ったのが、転職前後の「選択」と「可能性」を内省するワークショップの「アンビバレント・レター」です。発想自体は自分の上記の問いから作ったものですが、このワークショップを複数回社内で実施したところ、参加された方からは中途入社の方のオンボーディングに有効かもしれないという声をいただきました。
1.「アンビバレント」とは?
アンビバレントという言葉は決して日用語ではないですが、意外と耳にした方は多いのではないかと思います。というのも櫻坂46の曲にも『アンビバレント』があるからです。実際の言葉の意味は「相反する」とか「二律背反」を指します。実際に辞書を引いてみると次のように表記されています。
就職や転職といったキャリアに関しては、現職に残り続けるという選択もあったでしょうし、人によっては現職で絶大な信頼を得ていたのに心機一転する選択をする人もいるかもしれません。
こうした「思い切った選択」をする瞬間、色々な情報(たとえばメリット/デメリットとか、他者からの信頼とか、ずっと抱いてきた夢とか)が脳裏に浮かびますが、そうした混沌な文脈のなかで一つの判断を下そうとするプロセスに「その人らしさ」が現れる気がしています。自分がこのワークショップを作ったのは、各人が何かを選択する際に生ずる、これらのアンビバレントな可能性に向き合っていきたいと考えたためです。
自分にとって「アンビバレントな可能性」へ向き合うことの大切さは、学生時代に読んだ政治学者である丸山眞男の講義録である『思想史の考え方についてー類型・範囲・対象(丸山眞男集第九巻所収)』よって得られた視点でもあります。このアンビバレント・レターという名称も、以下の文から影響を受けています。
丸山が論じたのは、あくまで各時代の思想を評価する際の観点です。つまり評価者の現在の視点を持ち込んで思想を評価すると「アリストテレスは偉かったけれども量子力学を知らなかった点に限界があった」(p.77)という後出しの論法になってしまいかねず、「その時にどういう問題があったか、まだなかったのか(中略)」(同頁)などの「そういう歴史的文脈の中で比較して、ある思想家の相対的な『独創性』とか、あるいは相対的なマイナス面とかを論じることができる」(同頁)といいます。
丸山の論じている思想研究とは異なる文脈ですが、思うに我々も人生の選択を振り返るとき、つい後出しで事後的に評価してしまうことがあります。ただそれは、現時点から見た過去の評価(成功/失敗)になりやすく、選択を試みている当時の文脈における選択を振り返ろうとすることは中々行われません。今回紹介するアンビバレント・レターは、転職を選択した当時の文脈を顧みつつ、自分自身の人生の「アンビバレントな可能性」を捉えるワークショップとしてデザインしました。
2.アンビバレント・レターのやりかた
「アンビバレント・レター」は、現在の自分(つまりMIMIGURIに転職した自分)から、今もなお前職で働き続けている架空世界の自分に手紙が届いたという、不思議な設定で進められるワークショップです。相反する(アンビバレントな)世界から手紙が届くという意味でそう名付けました。
所要時間は90分から120分がおすすめです。プレテストの際に60分でやってみたところ、全然時間が足りなくて急かされる感覚があったので、いつもの
ミーティングよりも少し長めに時間を取っておくと良いと思います。仮に90分で進めるならば次のようなタイムラインになります。
導入(5分)
①前職の自分はどんな人?(30分)
②前職に残り続けた自分は今どんな状況?(20分)
③転職した現在の自分は今どんな状況?(20分)
④どんな手紙が届いた?(10分)
アンビバレントレター2(5分)
参加者数は、ファシリテーター含めて最低3名以上です。この3名をファシリテーター(1名)、振り返り人(1名)、見届け人(1名以上)に分類します。
ファシリテーターはいかなる方が取り組んでも大丈夫ですが、振り返り人の言葉を引き出すことがこのワークでは求められるので、ワークショップファシリテーションの勉強を少ししておくことがお勧めです。
振り返り人は、このワークの主役です。「転職後に少し経験を積んで振り返りたくなっている人」がお勧めです。つまり入社3カ月以上経過したあとのオンボーディング面談でこのワークを実践すると、組織文脈にぴたっとハマるかもしれません。
またこのワークにおける見届け人は、書記+インタビュアーの役割を果たします。振り返り人が発言した内容をMiro(オンラインホワイトボードツール)などに残すわけですが、可能であれば振り返り人に近い職種/役職の方が良いと思います。
導入(5分)
『アンビバレント・レター』の開始に伴い、ファシリテーターは設定の説明をします。自分がファシリテーターとして状況の説明をする際に使っているスクリプトは以下になります。
設定の説明をしたあと、今度ファシリテーターは、アンビバレント・レターの趣旨を説明する必要があります。そもそもアンビバレントとは何なのか、このワークでは何に向かいたいのかを伝え、場の目的を擦り合わせます。
趣旨説明が終わったら、今度はMiro上に貼ってあるワークシートを見せることにします。ワークシートには①→④と番号が振ってあるので、その番号を追っかけることで、おおよそどういう内容の対話をするのかが分かるように作ってあります。
①前職の自分はどんな人?(30分)
まずは、前職での「振り返り人」自身の深堀りです。前職ではどのような役職を担い、どういうプロジェクトに取り組み、数々の経験を通じて自分はどのような学びがあったのかという遍歴を語っていただきます。ファシリテーターや見届け人は、過去の「振り返り人」自身の経験を語りやすいように問いかけをしていく必要があります。
「振り返り人」に語り出してもらうまでが難しいのですが、自分の場合は「〇〇さんの前職の話ってあんまり聞いたことがなくて興味あるんですよね。今まで話していただいたことありましたっけ?」という問いかけを入口にします。いわゆる構造化インタビューのようにインタビュースクリプトを用意するわけでなく、ファシリテーターが関心の沸いたところや、明らかに「振り返り人」が語りたい衝動が沸いているポイントを問いかけてみます。
問いかけはファシリテーターだけでなく、見届け役の方にも参加していただいても構いません。むしろ見届け役の方が振り返り人と近しい職種の場合(例えばデザイナー同士)は、「わかる!」という共感で場が活性化されることもあります。逆にプレ実践では、見届け役の方の衝動が高まった結果、盛り上がりすぎて時間がなくなっちゃったケースもあったので、ファシリテーターはタイムマネジメントを徹底することもコツです。
②前職に残り続けた自分は今どんな状態?(20分)
前職の内省が終わった後は、前職に残り続けているパラレルワールドに飛んでみましょう。
仮に前職に残り続けていたとしたら、今頃どのような仕事をしていて、どんな風に日々仕事に向かっているのでしょうか。これらは仮想的な話なので、「振り返り人」の希望や願望に基づいていて構いません。ファシリテーターや見届け人も混じりながら「こういう未来はあったと思う?」と問いかけながら聞いてみても良いです。
ただ、ファシリテーターが「現職に転職できてよかったよね!」と現状の肯定に誘導することは望ましくありません。なぜなら誰もが転職する際には、選ばなかった選択肢にも「学習機会」「給料」「昇進」「責任」などといった「選択しうる理由」があるからです。アンビバレント・レターでは、自分が選ばなかった方の選択肢についても、「ありうる可能性」だったとして受け止めることが重要です。
③転職した現在の自分は今どんな状態?(20分)
パラレルワールドから戻ってきて、今度は転職から数か月経過した「振り返り人」自身の現在地点を内省してもらいます。
まず②と同様に①と③の間にも「選択した理由は?」という空白を設けていますので、ファシリテーターは現職に転職する選択をした理由を伺ってみます。ここまで進めることで「振り返り人」の方は転職を決断する際に、いかなる分岐点(どっちの方向にいきうる可能性)の上に立っていたかが可視化されます。
その次に、ファシリテーターは転職した後の自分自身の状態について聞いてみます。自分はこのフェーズでは「この数か月を振り返って、よかったな~とか、もっとできたな~と思うものはありますか?」と聞くことにしています。ポイントは短絡的に評価を下してもらうのではなく、この数か月間の「経験」や「体験」を開いてもらうことです。
期待通りだった、期待以上の価値が得られたという方もいれば、実力不足を痛感したり、あるいは前職で出来ていたことが出来なくなってしまったという変化を実感される方もいるかもしれません。
そもそも自分が「これだ!」と思って転職を選択したとしても、その先に何が待っているかは不確実です。ゆえに③では、物事が綺麗にうまくいくとは限らないという前提を共有しながら、振り返り人自身の生身の「もやもや」が開かれることが重要です。ちなみにMIMIGURIの研究開発本部が2023年に取り組んだ研究テーマの一つに「もやもやを開く場づくり」があります。
④どんな手紙が届いた?(10分)
さて、手紙を書く準備が整いました。
過去・現在・別次元の情報が揃ったところで、いよいよ別次元の自分に向けて手紙を書いてみます。
ただ60分~90分という限られた時間で、手紙の全文を書くことは難しいので、ファシリテーターが「現在の自分から、前職で今も働き続けている自分にもし手紙が届くならなんという手紙を書きますか?」と問いかけ、そこで語られた内容をMiroに書きとる方法をいつも取ることにしています。(本当なら30分くらい時間をかけて、手紙を実際に書いてみるという方法もアリだと思います。)
ここで書かれる手紙にはさまざまなバリエーションが考えられます。この手紙を書くことが、アンビバレント・レターの(一旦の)ゴールになります。
手紙の例
「今はなんとか楽しくやってます!」「新しい自分に出会えている感覚がします!」といったポジティブな報告の手紙。
「前職の自分はもっと勢いがあった気がするけど、その勢いはどこからやってきてましたか?」と、別次元の自分にコツを聞く手紙。
「前職で頑張り続けている自分を邪魔したくない、そっとしてあげてほしい」という、そもそも手紙を書かなかったエンド。
「今度お互いの学んだことを持ち寄って一緒に対話しませんか?」と伺いを立てる手紙。
ここまで取り組むと、上のワークシートには付箋紙でいっぱいになります。ワークが終わった後にそのMiroボードをプレゼントすることで、振り返り人さんは、いつでもこのワークで語ったことを思い出すことができます。
アンビバレント・レター2(5分)
さて、手紙を書けたので綺麗に終わり
・・・にはさせません(笑)
残り5分で「アンビバレント・レター2」が始まります。2の主役は今まで議事録をMiroで取っていた「見届け人」さんです。
タイムリープとは、名作『時をかける少女』で登場した、時間跳躍の能力(?)です。見届け人さんにはその能力が授けられていて、振り返り人さんの未来を見にいくことができるという謎設定が与えられます(その能力は自分のために使ってというツッコミはあると思いますが)。
アンビバレント・レター2では、タイムリープをした先で、振り返り人さんの未来で見えたことを見届け人さんに「アンビバレントな可能性」として語ってもらいます。
見届け人さんにとって、いきなり大役を任される無茶ぶりになってしまいますが、プレ実践を見る限り、最初はどうしようかと言葉を探しながらも、「こういう可能性もあるんじゃない?」という提案や応援が、言葉に徐々に表れていました。それまで振り返り人さんが「自分が失った感覚」として語っていたことも、「数年後にAさんは〇〇さんの仕事に携わる中で、徐々に過去得ていた感覚を思い出していて・・!」という未来展望が語られます。
そして見届け人さんが「未来で待ってる」と締めくくったら(奥華子が流れて)、アンビバレント・レターの全プログラムは終わりになります。お疲れ様でした。
3.「ありうるはずだった可能性」を語ろうよ
今回の記事ではワークショップを一つ紹介しましたが、結局自分が言いたいのは「『ありうるはずだった可能性』を語ろうよ」というものです。
社内で数名の方にアンビバレント・レターをやってみたところ、多くのケースで手紙に「自分が転職することによって失いかけていた感覚を別次元の自分へ聞く質問」が入っていました。もっと自分前職の時は攻めてたよな・・とか、大人になりすぎたんじゃない?とか。
環境の変化で自分のアイデンティティが変化することは学習という意味ではポジティブに捉えられますが、他方で過去の自分を構成していた大切なアイデンティティが損なわれゆくことには恐れも伴います。しかし、キャリア選択に関していうならば、どの選択に進んでも「得られるもの」と「失いかけるもの」は共存しうるものでもあるといえます。
アンビバレント・レターは、「選択によって到達した自分の現在地点」と「ありうるはずだった可能性」の双方を振り返りながら語ってみることによって、新天地に飛び込み変化し続けている自分と、何かを「失いかけている」ことのパラドックスを可視化し、選択に伴う葛藤を組織で受け止めあうツールになることが分かりました。
とはいえ、まだこの「アンビバレント・レター」は作成したばっかりで、社内でプレ実践を何度も繰り返して作り直している段階ではあります。自分としてはまだまだ改善の余地があると思っております。もし自社で実践してみたいという方がいらっしゃいましたら、是非とも意見交換をしたいです。座敷童子(@a_praxisnohito_)にご一報ください。
↓ワークシートはこちら!Miroに貼って使ってみてください
明日のMIMIGURIのアドベントカレンダーは、西村が密かに人生相談したい方No.1、事業観点からMIMIGURIをリードし、社内では「権化おにいさん」と呼ばれている、執行役員COOの原申さんです。原さんが何を書かれるのかが楽しみです…!