【脚本】初体験/フライング・ハイ
○ビルの高層階にあるオフィス(夜)
残業時間帯で人がまばら。
三上公平(29)が窓の外を眺めている。ビル群の夜景と満月。
立野誠(27)が背後から声をかける。
立野「なんか面白いもの見えます?」
公平「月が綺麗なんだよ。あと誰か飛んでないかなって」
立野「何言ってんすか。先帰りますよ。おつかれっした」
公平「おつかれ」
○住宅街の道(夜)
三上公平(14)が自転車に乗っている。
蛙のなき声。
通り沿いの住宅の窓からナイター中継の音。家族が食卓を囲み団欒する声。風鈴の音。
一軒の住宅の前で自転車を止める。
見上げると、灯りのついた部屋の窓に窪田真実(14)のシルエット。
窓が開き、真実が手を振る。
○真実の部屋(夜)
公平と真実が抱き合っている。
目を閉じ。動かず。無言で。
やがてふたりは、肉体を残したまま、幽体となって、ゆっくりと宙に浮く。
真実「すごいすごい。景子先生の手紙に書いてあったとおりだ」
公平「わあ。マジだった」
上昇するふたり。天井をすり抜ける。
屋根をすり抜け、家を飛び出し、さらに上昇を続けるふたり。
〇同
部屋の真ん中に残されたふたりの肉体。
勉強机の上に置かれた便箋。
手書きの文字でこう書いてある。
「本当に愛し合う二人が空を飛ぶ方法 1抱きしめ合う 2相手のことを強く想う 3飛ぶ 以上」
○空中(夜)
公平と真実の眼下に家々の灯り。
抱き合っていた体をおそるおそる離し、手を繋いで空を飛ぶ。
真実「みて、あそこにも飛んでる人たちいる」
離れたところを飛ぶカップルが手を振る。ふたりも手を振り返す。
公平「すごいな。みんな知ってるんだ」
真実「でも、どうしてみんなこのこと内緒にしてるんだろ。キスとかセックスとか、つきあうとか結婚とかよりずっとすごいのに」
公平「テレビで見たことないし、本にも書いてない。全人類ぐるみで内緒にしてるんだ」
真実「私なんてさ、セックスのことだって、最近まで知らなかった」
公平「俺は小学生の時から知ってたよ。兄ちゃんの部屋にあったビデオで」
真実「ばか」
真実が公平を小突いた拍子にバランスを崩す。公平が真実を支える。
公平「おっと。まだまだ飛ぶ練習が必要だ」
○港の上空(夜)
鉄塔に腰掛けるふたり。
海の向こうの埋立地に空港の灯り。
反対側はビルと繁華街の灯り。
真実「わ。見て、あそこ、たくさん飛んでる」
大勢のカップルがぷかぷか浮かんでいる場所がある。
公平「うん。あのへん、ラブホテル街だよ」
言った後、しまったという顔をする公平。
真実「そうだった」
○ラブホテルの前
自転車二人乗りで駐車場の出口を張り込んでいる公平と真実。
一台の車が出てくる。
真実、助手席に乗っていた大場景子(25)と目が合う。
運転席にいた真実の父・窪田修一(39)は気が付いていない。
真実、走り去る車を目で追いながら、
真実「いまの家庭教師の景子先生」
公平「え。うっそ」
○街の上空(夜)
ふたりの眼下に学校。団地。商業複合施設。
それらを指差しながら、自由自在に空を飛ぶ真実と公平。
真実「ねえ、次どこいく?」
公平「もっと昇ろう」
公平が天を指さす。
○宇宙
成層圏を抜けたあたり。
公平と真実が地球を眺めている。
ふたりの近くをカップルの群れが通り過ぎていく。老若男女。同性同士も。一様に笑顔で。
公平「みんなどこに行くんだろ」
真実「きまってるよ。ほら、あれ」
大きな月が輝いている。
無数のカップルが月の周りに一つの軌道を描く。
真実と公平もそれに加わる。
月のでこぼこした表面を眺めながら軌道の一部となって進む。
公平「どこで降りるんだろ」
真実「わかった。裏側までいくんだよ。ほら、あの曲。月の裏であいましょう。オリジナルラブの」
○月の裏側
美しい草原。湖や森。木々になる果実。たくさんのカップルが思い思いに過ごしている。
公平と真実は芝の上に並んで座っている。
真実「またひとつ秘密を知ってしまった」
公平「まさか月の裏が大きな公園とはね」
真実「うさぎはいないね」
公平「うん。でもカップルはたくさんいる」
真実「みんな幸せそう」
公平「そりゃそうさ。本当に好き同士じゃないと来られない場所なんだから。へへへ。ばんざい」
照れ隠しにおどける公平。
真実、辺りを見回しながら。
真実「お父さんと景子先生も来ることあるのかな」
無言になる公平。
真実「だったら、それはもう仕方ないか」
公平まだ無言。
真実「ねえ。私、わかった気がする。どうして世界中のみんなが、大昔からずうっと、ずうっと、このこと内緒にしてきたか」
公平「うん。俺も」
真実「悲しいもんね。空飛べなかったら。空飛べること知ってて、空飛べなかったら」
○街の上空(夜)
公平と真実が、下降しながら飛んでいる。楽しそうに何かを話をしているが、段々口数が減り、次第に進むスピードが遅くなっていく。真実の家が近づいている。
○真実の部屋の窓の前(夜)
浮かんだまま向かい合うふたり。
真実「また会えるよね」
公平「うん。会えるよ」
真実「その時も空飛べるといいね」
公平「飛ぶよ。その時も」
抱き合うふたり。
その後ろ、真実の部屋の窓にも、抱き合うふたりの肉体のシルエット。
○教室(朝)
教師「えー。新学期初日から残念なお知らせです。この夏休みの間に、窪田真実さんがご家庭の急な事情で引っ越すことになり。転校しました」
生徒たちが驚き、騒ぐなか、
ひとりぼんやりと、窓の外を見る公平。
見上げると、どこまでも続く青い空。
○ビル高層階のオフィス(夜)
帰り支度を終え、消灯したまま夜景を眺める公平(29)。
高層ビル群が見える。
公平N「あれから僕は五人の女性と交際をしたけど、一度も空は飛んでいない」
高層ビル群の上に浮かぶ月。
公平N「夏の終わりには、きまってあの夜のことを思い出す。それで、こんな月の綺麗な夜には、無性に誰かと空を飛びたくなる。無性に誰かと、月に、行きたくなったりする」
月を眺めている公平。
オフィスに戻ってきた立野が、背後から声をかける。
立野「公平さん、いま同期のやつから電話きて、合コンのメンツがたりてないって。行きませんか」
公平「おう。行く行くー」
公平が笑顔で振り返る。
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