メカ・ドッグによろしく②

「そろそろっスかね」

 少女と別れ、程なくして全ての巡回を完了させた山形とラパウィラは、外界とR-1N地区を隔てる壁の外、庁舎方面行きのバス亭の前に立っていた。 後ろ手を組み、ゆらゆらと立つラパウィラの横では、山形が眉間にシワを寄せながら、携帯端末で業務報告書を打ち込んでいる。

「――うわっと」

 突如として、バイブレーションと共に、作成していた業務報告書がバックグラウンドに消え、通話着信のポップアップが端末に浮かび上がる。 そこに見知った名前が表示された事を確認し、山形は受話のボタンを押した。

「おう、今日の巡回は終わったぞ」
『どうも。 とすると、もう街の方へ戻りました?』

 挨拶も無い通話の相手は、R-1N地区の管理組合に所属する青年だ。 二人は、各々が現在の組織に所属する以前からの知人であり、この繋がりは現在、環境課と組合のパイプラインの一つとして機能している。

「いや、まだ外のバス亭だけど」
『それは良かった。 急ぎ、そちらの耳に入れておきたい話があります』

 いつもの軽口はなく、用件を急ぐ青年に、山形は無言で続きを促した。

『時々、地区の商店通りの辺りをペットロボットと一緒に歩いていた女の子、解りますか? 山形さんの店にも行ってたと思いますけど』
「ああ、さっき会ったよ。 丁度」
『その子の母親から、ペットロボットの位置発信が途切れ、女の子と連絡が付かないと通報がありました』

 再び眉根に深くシワを寄せた山形は、背後の隔壁へと向き直る。 その仕草に怪訝さを感じ取ったラパウィラの視線に気付くと、自身の端末をトントンと指で示し、電脳経由で通話を傍受するよう促した。

「通りの監視カメラは?」
ネットワーク担当三兄妹に確認させましたが、記録が改竄されていました。 全くの素人では無さそうですが、雑ですね』

 確かに、一次的に顔を隠すという意味では有用な細工だが、痕跡をあからさまにしているのは悪手だ。 こちらとしては、事件性の有無を判断する材料になる。

「通報からどのくらい経ってる?」
『この通話の直前ですよ。 さっきです』

 そもそも、自分達が少女と会っていた時から、時間はあまり経っていない。 幸い、事態はまだ取り返しのつく範囲内かもしれない。 小さく息を吸い、この後の行動を急いで脳内で組み立てる。

「解った。 こっちでも探す。 お互い情報を共有しよう」
『話が早くて助かります。 では』

 青年との通話を切り上げ、山形は携帯端末をポケットに放り込む。

「ラパちゃん悪い。 地区へ戻る」

 ついてきてくれと手で示し、早足で歩き出した山形に、困惑顔のラパウィラが続く。

「何があったんスか?」
「ほぼ間違いなく、さっき会ってた子が誘拐された」

 端的に告げる言葉に、ラパウィラが息を呑む。

「残念ながら、あの地区は人攫いにとって良い狩場なんだ。 ろくに戸籍もない人間が沢山居るからね」

 この地区の生まれであっても、手順に則れば、吾妻ブロックの正規な住民として登録を受ける事は可能だ。 しかし、それによって受け取れる恩恵と、課せられる義務とを天秤に掛け、何にも数えられない立場を選ぶ人間は少なくない。 一生を壁の中で終える覚悟が出来ているのなら、それも損はない選択だ。 だがこうして、そこにつけ込み、食い物にしようという人間もまた、現れる。

「急がないといけない。 若くて健康な人間の身体は、生かしていても、そうでなくても価値がある」

 その後に足が付くリスクを考えれば、とっととバラしてパーツ取りをしてしまうやり口が、むしろスタンダードだ。 犯人がねぐらへ戻って落ち着いてしまう前に、足取りを追えるかが勝負になる。

「わかったっス。 走りましょう!」

 駆け出したラパウィラに、山形も続く。 腕っ節には全く自信が無いが、幸い、体力は四十を超えた割にはそこそこ残っている。 元居た通りまで、何とか息が続いてくれる事を祈りつつ、山形は再び端末を取り出し、アドレス帳から発信した。 呼び出しの音は長くは鳴らず、通話が繋がる。

『皇だ。 どうした?』

 環境課の長、皇 純香へ山形が直接の連絡を取るのは、急を要する時だけだ。 末端として本来は取るべきであろう段取りを飛ばしても、真っ先に用件を促してくる上司の厚意に甘え、山形もまた、前置き無く切り出す。

「迷子の連絡が入りまして。 ――各係の協力を、お願いします」



 誘拐犯の現在地を探し、追い付くには、それに繋がる情報を集めなければならない。 だが、ジョージの位置発信は、商店通りの周辺を大まかに示して途切れている。 その範囲と重なるように、周辺に配置された監視カメラの記録も、改竄によって犯人の姿を残していない。 それでは、何を手掛かりとするか。 どうにかラパウィラから遅れる事無く、商店通りへと辿り着いた山形は、僅かに息を整える間を置いて、顔を上げた。

「ラパちゃん。 この地区の人間が、周りをよく気にするのは、自分たちを守る為だ」

 山形は、通りの伸びていく先を、透かすように見る。

「弱い俺達は、一人じゃあ身を守れない。 だから、徒党を組んで見張るんだ。 変わった様子は無いか、見慣れない連中は居ないか、ってね」

 今日、自分に向けられていた視線たちを、ラパウィラは思い出す。 そして同じように、それは周囲のあらゆるものに振り撒かれていたのだと、今になって気付く。

「だから、歩くあの子の姿を、必ず誰かが追ってる筈だ。 ――片っ端から、聞き込もう」

 ラパウィラは頷くと、臆することなく周囲の人物へ声を掛けていった。 第一声は怪訝に返ってくる事が多くとも、少女とジョージは、どうやらこの辺りでよく認知されているらしい。 彼女が姿を消したと話すと、住民たちは目の色を変え、知る限りの事をすぐに伝えてくれた。 懸命に動き回る背中に感謝を覚えつつ、山形もまた、特に通りをよく眺めていそうな人物に当たりを付けながら、証言を集めていった。

「犬ゥ連れて、中華屋の方へ歩いてったな」
「お母さんの薬を貰いに行くんだって言ってたねえ」
「用事は一つで、すぐに帰るって」

 次第に浮かび上がる少女の足跡を追って歩くと、先程に訪れた食用品店に差し掛かった。 客の途切れた頃合いらしく、店主は玄関前の掃き掃除に勤しんでいる。

「そういえば、そこの路地の傍に、見慣れない車が停まってたね」

 店主の指差す先の、薄暗い路地を見る。 この路地は隣の通りへと繋がっていて、抜けた先、近くには薬屋がある。 山形は、確信めいたものを胸に抱く。

「ラパちゃん、こっち」

 向かいの中華料理屋の方へと動きかけていたラパウィラを呼び戻し、山形は路地を覗き込む。 僅かに様子を観察する間を置いて、中へと踏み入った。 陽が遮られ、灯りもない路地は、真昼でもじめじめと薄暗い。 人目に付かないよう、何かを起こすには格好の場所だと、そう考えながら進んでいた山形の足が、ブーツ越しに硬い物を踏む。

「モーター?」

 拾い上げたそれは、ラパウィラの言葉の通り、小型のモーターだった。 そして山形は、この部品に見覚えがある。 周囲を見渡すと、傍らに堆く積まれたゴミ袋の山があることに気付く。 その傍へ近付くと、上側を払うようにして、手で山を崩しに掛かる。 バサバサと袋が落ちると、そこには、至る所を無惨に損壊され、所々の構造を露出させた、ジョージが埋もれていた。

「ひっどい……っスね……」

 奥歯を噛み、ラパウィラが零す。 その横で、山形は迷いなくその胴体を掴み、山から引きずり出す。 そして、路地の地面へと残骸を置くと、懐の工具を掴む。 損壊は激しいが、手先に迷いはなく、機械の犬の内部を露わにしていく。

「どうするんスか?」
「記録を取り出す。 こいつは目が良いから、犯人を見ている筈だ」
「え、でも」

 頭部は持ち去られたのか無く、手足を千切り、抉られている有様で、果たして記録媒体が生きているのだろうか。 ラパウィラの疑問を余所に、山形の分解は進み、配線を引き抜いて、小さく黒い小箱を取り出した。 胴体の奥深くに埋まっていた鈍く光るそれに、目に見える傷は一つも無かった。

「渋いヤツだよ、こいつは。 オンボロの癖して、ここ一番で信頼できる」

 開くのにはコツが要るけど、と長細い工具を両手に持ち、一見しては気付けない窪みにあてがうと、山形は小箱をこじ開けた。 そして、露出した基盤に差さっていたカードを慎重に抜くと、ラパウィラへ向けて差し出す。

「こいつの魂は、ここにある。 データを吸い出して、情報係に渡してくれ」

 まだスロットが残っている機種で良かった、と思いつつ、受け取った小さなカードを、ラパウィラはタブレット端末へ挿入する。 電脳から環境課のネットワークへ接続すると、手早くデータの展開を済ませる。

「後は同僚を信じよう。 俺はここまでだ」

 そう言って、山形は路地やゴミ山に散らばる部品を集めに掛かった。

「俺じゃ、現場に行っても邪魔するからね。 出来る事をして待つよ」

 そっちはどうする? と、山形の目がラパウィラへ問い掛ける。 端末からカードを抜き、山形へ戻すと、ラパウィラは視線に力を込める。

「自分は、手伝える事を探しに、戻るっス」
「よっしゃ、頼んだ」

 頷き、路地から駆け出していく背中を見送る。 そして、手の中のブラックボックスを見つめ、山形は目を細めた。

「よくやったな、忠犬。 俺達は、出迎えの準備でもしとこうぜ」

 やがて、目ぼしい部品を集め終えた山形は、残骸を抱えて歩き出す。 両手が塞がって確認できないが、ポケットの中の端末からは、捜査の進捗を報せる通知が休むことなく鳴っている。 届かなかった筈の場所に伸ばせる手が、今はあることの有難さを嚙み締めて、山形は自身の店へと向かっていった。

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