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メカ・ドッグによろしく③

「これかな?」  夜明け前のような空に、光の格子がまばらに浮かぶ、情報たちの世界。 その中で、小さな、猫のような姿のプログラムが、無数に浮かぶ映像ウィンドウのうち、一つを選んで指差した。 そこには、雑然とした通りと、暗い路地。 そして、その傍らに止まる一台の車が映されている。 「あと、こっちもか」  また別のプログラムが、また別の映像ウィンドウを指し示す。 しかしその姿は、先程の猫のプログラムと全く同じものだ。 新しく選ばれた映像には、見上げるような角度で、人影らしきも

    • メカ・ドッグによろしく②

      「そろそろっスかね」  少女と別れ、程なくして全ての巡回を完了させた山形とラパウィラは、外界とR-1N地区を隔てる壁の外、庁舎方面行きのバス亭の前に立っていた。 後ろ手を組み、ゆらゆらと立つラパウィラの横では、山形が眉間にシワを寄せながら、携帯端末で業務報告書を打ち込んでいる。 「――うわっと」  突如として、バイブレーションと共に、作成していた業務報告書がバックグラウンドに消え、通話着信のポップアップが端末に浮かび上がる。 そこに見知った名前が表示された事を確認し、山

      • メカ・ドッグによろしく①

         吾妻ブロック、R-1N地区内。 多くの声や足音の行き交う、とある通り。 そこで見上げる空は、上下を凸凹のビルたちに縁取られ、ところどころを看板やケーブルたちに遮られながら、長細く伸びている。 その青の中を飛んでいく小鳥たちが、まるで川を泳ぐ魚のよう、などと思うなどして、午後のひと時をぼんやりと過ごすラパウィラが、そこに居た。  ラパウィラは現在、環境課・市民生活係の同僚である山形に付き合い、R-1N地区の定期巡回に訪れている。 その最中、通りすがった食用品店から顔を出した店

        • タイドプールを彷徨う

           朽ちかけた街灯たちが、ポロポロと点り始める夕闇の頃。 路傍に転がる空き缶の群れをヒョイと跨ぎ、スーツの青年が通りを歩いていく。 今晩の夜空にも相変わらず星は無いんだろうなと、当たり前のことを考えながらぼんやりと空を見上げ、前を向く、何気ないひと時――の、次の瞬間。 引き絞られたサイボーグの鉄腕が、前方で突如、振り抜かれるのを見た。 そして、視界を黒い影が横っ飛びし、轟音と共に、何かしらの物体がゴミの集積場へと叩き込まれる。  それを目撃した通行人たちはすぐさま野次馬へと変わ

        メカ・ドッグによろしく③

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        • 雨垂れ石を穿つまで
          4本

        記事

          針飛びレコード・ブレンド

           頭は鉛のように重く、嘲笑うように眩しい陽射しが憎らしい。 二徹中の脳の中は泥のようで、庁舎の門をくぐる足取りもふらついている。 すぐにでも倒れ込んで眠りたい心持ちだが、暫く何も与えていない胃がキリキリと痛み、これをどうにかしようと、ナタリアは決心した。  ナマズの食堂は閉まって久しい午後半ば、しかし売店の固形食ではあまりに味気ない。 ならば、と足を向けるのは、庁舎裏の路地。 道端のポリバケツを蹴飛ばさぬよう、居眠りする野良猫どもの尾を踏まぬよう。 足を進めた先に、苔生したレ

          針飛びレコード・ブレンド

          静かなマグネットボード

           環境課庁舎、屋上、その片隅。 ギギギと反らした上半身をゆっくりと戻し、濁点付きの息を吐く、山形の姿がある。 疲労の色を顔一杯に湛え、今は束の間の休息にと、外へ這い出て来ているのだった。 (向いてないね、お役所らしい仕事は……)  この頃の人手不足により、市民生活係である山形は、不慣れな窓口業務に駆り出されてしまっている。 普段はするすると外回りに抜け出ているが、今は事情が事情だ。 今日もまた、電子書類データベースの広大な迷路に散々嵌まり、詰め掛ける市民達からの顰蹙を次々

          静かなマグネットボード

          記憶の棺

           壁のように高い本棚の隙間を歩いていく。 見上げる先は薄暗く、本棚がどこまで伸びているのか見当が付かない。  場所は、多様な書籍を膨大に抱える、大図書館。 ここには、既に誰が設計したかも忘れられた、書籍の管理システムが生きている。  広大な空間を埋める本棚の一段一段にはレールのようなものが取り付けられ、これに沿って行き交う影がある。  それは、滑るような音と共に現れると、書籍をアームに捉え、滑らかに去っていく。 借用される書籍を運び出し、返却された書籍をあるべき場所へ戻す、端

          記憶の棺

          雨垂れ石を穿つまで④

           退勤時刻も過ぎて、夜。 報告と残件処理の為、庁舎に戻ったナタリアと別れ、山形はまだR-1N地区に居た。 他所から恐れ戦かれる、優秀な情報係の事だ。 今頃は多分、事の本命のカタも付きつつある頃合いだろう。 となれば、残るはこちらの片付けのみ。 「まぁ、とりあえず。 おやっさん、もう1杯!」  あいよ、とすぐさま注いでくれる酒に口を付け、くーっ、と山形は唸りを上げる。 1日歩き通した体に、アルコールがよく染み渡る。 「…いや、割と真面目な話のはずなんですから。 少しは控え

          雨垂れ石を穿つまで④

          雨垂れ石を穿つまで③

          『こんばんはー、宅配でーす』  モニターの光が照らす薄暗い部屋に、インターホン越しの声が響く。 室内に居た3人は、作業を中断し、顔を見合わせる。 「宅配?」 「私は頼んでないけど」 「あ、多分ボクだ」  3人の中で最も幼く見えるメガネの少年が、椅子を跳ね降りる。 「ウワサになってた古いアニメーションの記録媒体、オークションで競り落としたんだ。 今晩みんなで見ようよ」 「オークションって、お前…。 またそんなムダ遣いを」  小太りの少年が、非難の視線を向ける。 「ム

          雨垂れ石を穿つまで③

          雨垂れ石を穿つまで②

          「どうもー。 ごめんくださーい」  不規則に入り組んだマンションの中、狭い通路を上へ下へと歩き、やっと辿り着いたその場所に、山形の『アテ』はあった。 ジャンク品の放り込まれた箱が積まれ、陳列された通信機器類が並ぶ。 店の奥へ声を掛けた山形に続き、ナタリアが踏み込んだそこは、どうやら電子機器類を販売する店舗であるらしかった。 「あっ、はいは~い! ちょっと待って~!」  カウンターの奥、バックヤードから、応答する低い声が届く。 ガチャガチャという物音が響き、ややあって、声

          雨垂れ石を穿つまで②

          雨垂れ石を穿つまで①

          「このところ続いているクラッキングですが、質としては粗末なものです。  現在までのところ、全てファイヤーウォールで自動的に対処しており、手を煩わされてはいません」  場所は環境課庁舎、課長室。 ナタリアの報告を受けながら、ふむ、と皇は手元の資料に目を落とす。 「ですが、これが継続して1ヶ月。  ボーパル先輩の分析によれば、徐々に精度が上がっていて、『筋が良い』そうです。  ログを眺めて、毎日嬉しそうにしてますよ。  いくら蹴散らされても諦めず、一生懸命にアクセスしてくるの

          雨垂れ石を穿つまで①

          陋巷の修理屋

           遠く見据えた先に、聳え立つ壁がある。 壁の向こうには、整備された都市があり、環境課の庁舎もその中に立つ。 一方で、壁の反対側のこちらは、背丈の揃わない建造物が、雑然とした街並みを作っている。 為政者は居らず、はみ出し者達が寄り添うように作られたこの街に、誇るべき名前は無い。 ただ、誰かの都合によって付けられた、「R-1N」という記号が、住民の嘲笑を受けながらも、地区名として存在していた。 「いやもう、全然わっかんねーッスけど…」  べしんと、泣き言を言う後頭部を山形は平

          陋巷の修理屋